第8話 実戦訓練
入学式を終え、エディは訓練場へと向かう。シャーロットとミミも一緒だ。しかし三人の間に和やかな雰囲気はない。
シャーロットはミミと話そうとはせず、ミミは若干うつむきながら二人の後ろを着いてくるのだ。エディが話題を振っても膨らまない。
少し気まずいが、エディはとりあえず放置することにした。時間が解決する問題もあるだろうと自分に言い聞かせておく。
訓練場に到着した。
そこはだだっ広い土のグラウンドだ。致死量を超えた血痕や瀕死の上級生が転がっているが、エディ以外の誰も気にしてはいない。
C組の面々は揃っているようで、訓練場の隅に固まっていた。
彼らの前には一人の獣人がいる。
穏やかな笑みを浮かべる牛の獣人。頭には大きな角が二つあって、さらに腕の片方が肘の下からすっぱりない。隆々とした筋肉を包むのは迷彩服だ。
エディはつぶやいた。
「あれは教師じゃないよな。不審者?」
牛の獣人が大口を開いた。
「119期C組はここに集合! もーチャイムが鳴るぞ!」
エディとミミは駆け足になって急ぐが、シャーロットは悠然とした歩みを崩さなかった。
エディは「しーらね」と思いつつ集団の最後尾に紛れ込む。
(この牛男、間違いなく元軍人だ。戦場で顔を合わせたことがないといいんだが。もしそうだったら……殺さないと)
エディには角が生えただけで顔立ちや体格は変わっていない。気付かれる可能性は大いにあった。
牛男と目が合う。
「鬼人族とは珍しいなあ。角あり同士仲良くしようや」
エディはぺこりと頭を下げておく。注目は頭の角に注がれるばかりで、エディの顔なんてどうでもよさそうだ。
牛男はエディからはすぐに視線を剥がし、その横のミミを興味深そうに見る。ミミはびくりと怯えた。
「またまた妙なやつだ。猫族、か?」
「はぃ……」
牛男は訝しむような視線をミミに送り、ミミは過剰なほど怯えて――
しかし涼やかな声が場を支配する。
「あら? あなたが私たちの教官? 軍服がお似合いね。なぜスーツではないのか理解に苦しむけど、ボタンを留めるのが難しすぎるとか?」
シャーロットは唇を歪めて続ける。
「それに隻腕だし……腕を切り落とされても逃げ延びる方法でも教えてくれるのかしら。それは助かります」
牛男はおかしそうに笑った。
「さすが吸血鬼だな。それもスカーレットブラッドの直系。早速手厳しい。なかなか賑やかなクラスになりそうだ」
皮肉は効いていないらしい。牛男はC組の頭数をゆっくりと数えた。
「――これで全員揃ったな。オレはムーガン。三年前に軍を退役して教職に就いている。これから一年間キミらに実戦訓練を教えることになった」
牛男、ムーガンは大きく張った胸筋を叩いた。
「勘違いされることもあるが男だ。乳は出ない。そもそも乳牛じゃない。――今は休戦中だが、戦争は必ず再開する。そのときキミらは実戦を経験しないまま部族の長や将軍になっているかも。なので――休戦中でも厳しく教える」
ムーガンの声は落ち着いているが、それでいて重く低く響く。
「でもそんなに厳しくないから安心してくれ。力加減を間違っても半殺しくらいならアリシア先生が治してくれるしな」
エディは顔をしかめた。ジョークのつもり……なのだろうか。なんて授業だろう。これだから魔族は嫌いなのだ。
「今日の授業は一年生を歓迎する伝統行事、森での散歩だ。楽しみだなあ」
C組生徒たちはどよめいた。エディも困惑する。きっと言葉通りの意味ではない。
「まずは移動だ。タコに乗ってくれ」
グラウンドの端にあった巨大な岩石が起き上がり――触手と頭が生えた。
岩じゃない。タコだ。
見上げるほどの大きさがある。二十以上の触手を器用に動かしてこちらに這って近づいてきて、エディは本能的な恐怖によって鳥肌を立てた。
「なんで陸にタコがいるんだ……」
タコは生徒を触手で掴み、ポイポイと頭の上に放った。生徒たちは慣れた様子で身を任せている。
シャーロットは筋の通った鼻をつまんだ。
「私、タコに乗るのは嫌いなの」
「俺も嫌いだ。未経験だけど」
「なので――あなたに乗るわ」
そう言ったシャーロットの体は黒い霧となり、黒い霧は凝結してコウモリに変わる。コウモリはエディの肩の上に乗った。
「ずるいだろ」
コウモリがエディの首筋を翼で叩く。文句は許してくれないらしい。「噛むわよ」という脅しが聞こえてくるようだ。
エディの番が来た。触手が迫ってくる。
頭の上にはもうスペースがなく、最後だったエディとミミは掴まれたまま運ばれることになった。
くるりと触手に巻き取られ、視界が天地逆転する。ヌメヌメとした冷たい触手と張り付く吸盤の感触が気持ち悪い。
ミミは泣きそうな顔でエディに助けを求めるが、エディは首を横に振った。どうしてあげることもできない。
走り出した。タコのくせに速い。
最悪の気分で森へと向かう。森からは怪獣大戦争みたいな音が聞こえてきていた。
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