第10話 ダンジョンにゴブリンはいますか?

 深淵へと続く大穴がぽっかりと口を開け、エディたちを飲み込もうとしている。冷たい風が内部から吹いてきて、エディは何度も経験した寒気――身体の芯の熱を奪うような寒気を感じた。


 ダンジョン。


 かつて世界には鉄と雷によって打ち立てられた文明があった。すでに滅びてしまったそれは旧文明と呼ばれている。地下には大陸の端から端まで行き渡るほどの巨大帝国の跡地が埋まっていて、それがダンジョンだ。


 全てのダンジョンは深層で繋がっている。好んで地下に住み着く種族もいるし、そこでしか生きられない魔物もいる。


「一階層までしか行っちゃダメですよ!」


 アリシアが叫んだ。


「二階層への階段にはダンジョン管理人のオークさんが立ってくれています。挨拶を忘れないように。クソガキと罵るのが口癖ですが言い返してはいけません。お名前は……普通の喉じゃ発音できないのでオークさんと呼びましょう。私も中をぐるぐる巡回します」


 教室からここまでの移動で生徒が数人減っていた。しかしエディしかそのことを気にしていないようだった。


「ゴブリンの心臓水晶をたくさん集めてください。制限時間は一時間! 角笛は一階層まで響くので、聞こえたら帰ってきてね。実力試験ですが、レクリエーションみたいなものです。気楽にいきましょう」


 アリシアが闇の中へと足を踏み入れる。


「レッツゴー!」


 軽いかけ声を残してアリシアの姿はふっと消えた。一階層のどこかへと転移したのだ。生徒たちは一人で、あるいは手をつないで、アリシアのあとに続いていく。


 エディは金髪の男に呼びかけた。


「おい、ダグラス」


「軽々しく名を呼ぶな」


「せっかくだし勝負しようぜ」


 ダグラスが目の端をつり上げた。


「勝負だと? 貴様と俺とでか? 何の勝負だ。滑稽さで競うしか貴様に勝ち目はないが」


「そりゃあもちろんゴブリン討伐数だろ」


 クラスメイトはみなダンジョンの中に消え、エディと二人の吸血鬼だけがまだ外だ。


「くだらん。私はダンジョンなど潜らんぞ。カフェにでも行って時間を潰すつもりだ」


「負けるのが怖いのか」


 ダグラスのピンク色の瞳が圧力を増す。体が何倍にも膨れ上がったように見えた。


「私を挑発するには使い古されすぎた文句だ」


「そのわりには効果抜群だが……ならこうしよう」


 エディは唐突にシャーロットを後ろから抱きしめた。きゃあと少女らしい悲鳴が上がる。


「勝った方はシャーロットとキスできる。どうだ?」


 ここまで口を閉ざしていたシャーロットがせきを切ったように話し出す。


「はあ? ふざけないで! レディの唇を勝手に賞品にするなんて、なんて非紳士的! 認めません! オークとでもキスしてればいいわ」


「まあまあ」


 エディはシャーロットの首筋を甘噛みした。どんな感情によってか、シャーロットの白い頬が赤みを増す。


 ダグラスは鼻を鳴らした。


「決まりだ。男に二言はないからな。一時間後、シャーロット嬢は私の妻にする。そして貴様は私のペットだ」


「おうとも。二言ない」


「それから……貴様の血を貰う。研究しなければいけない」


 ダグラスはエディの首を食い入るように見つめた。エディは肩を竦める。


「ちょびっとだけだぞ?」


「いいだろう」


 舞台役者みたいに大げさにターンして、ダグラスはダンジョンの闇の中へと消えた。


「ハハハ」


「なに笑ってんのよ!」


 エディはまだシャーロットを後ろから抱いていて、シャーロットは容赦なくその腕に噛み付いた。


「イタッ! おい!」


「こっちのセリフよ! 他人の唇をトロフィー扱いするのはやめてくれる!?」


「そんな怒るなって。お前も俺のことをタンク扱いするじゃないか。――それにただの口約束だ。拘束力なんてなんにもない」


「もしも負けたらアイツの顔が一ヶ月は勝ち誇ったようになるのよ! 我慢ならないわ! ――ぜったい勝ちなさい!」


「あのイケメンもカッコつけてるがまだまだガキだな。勝ったらキスなんて勝負に乗ってくるとは。むしろかわいらしくなってきたぜ。あいつ、キスしてもらうために必死にゴブリンを探してるんだぜ? 笑えるよな」


「言ってないで、はやく行くわよ!」


 シャーロットはエディを強引に引っ張り、ダンジョンへと入ろうとする。しかしエディは動かない。


「ダンジョンに入る必要はない。カフェでも行ってみようぜ」


「もうっ! 一人で行ってくるわ!」


「だから意味ないって」


 エディは懐から袋を取り出して、シャーロットの手に押し付ける。


「なによこれ」


 その袋の中には小石のようなものが詰まっている。シャーロットは袋の中を覗いた。


「これは…………」


 小指の爪ほどの小さな水晶が、袋をパンパンに膨らましている。それはまさしくゴブリンの心臓水晶だ。


「このダンジョンの一階層にもうゴブリンはほとんどいない。ついでに二階層もな。三階層への階段は崩しておいた。自動修復には一時間以上かかるだろう。――つまり俺の勝ちってこと」


 シャーロットは息を飲む。


「あなた……いったい……どうやって……?」


 エディはぱちりと下手くそなウインクを決めた。


「俺は戦争を生き延びた勇者だぜ。舐めてもらっちゃ困るな、お嬢ちゃん」

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