第9話 試験ということになる

 壊れた机の破片は教室の外に蹴飛ばされ、エディは別の机を与えられた。隣には冷静になったシャーロット。


「さあみなさん静粛に! 私はもう……ここに座ります!」


 アリシアはエディとダグラスの間を遮るような席についた。


「ここなら手出しはできません。これ以上はさすがに許しませんよ。いくら私が新任だからって舐められては困ります」


 アリシアはダグラスに向けてそう言うのだが、当の本人は目を閉じてブツブツと考え込んでいた。


「……反省しているようですね。ならばよし。説明に戻ります。ええと、どこまで説明しましたかね? 誰か覚えてませんか?」


「制服がうんぬんです」


「そう! 制服からね。――って違うでしょう。制服は一番最初に話したところです。ああ、そうだ! 実力試験ですよ! このあと実施です」


 エディは耳を澄ませた。どうやら重要な内容のようだ。


「試験は試験ですけど、重く捉えすぎないでください。ゼロ点でもまったく問題ありませんよ。レクリエーションみたいなものです。協力オーケーなので、これを機に仲を深めましょう。今年度のC組の内容は――」


 アリシアは椅子の上に立ち上がった。


「ゴブリン狩りです。ええ、余裕ですね。ダンジョンの一階層でちゃぷちゃぷ遊んでください。これからお世話になるダンジョンがどんなものか知るためだけの試験です。ゴブリンっていうのはもちろん、対人族を意識したチョイスですね。この学校に入学するくらい優秀なみなさんなら蹴散らせるはずです」


 アリシアは妙な踊りを始めた。エディはそれが話の内容とどんな関わりがあるのか考察したが、さっぱり分からなかった。


「本来は百万点でもゼロ点でも褒美も罰もないですが――しかーし! ただやるだけじゃ面白くないので、個人的に賞品を用意してきました! 一位目指して頑張ってくれるかな?」


「賞品ってなんですか?」


「それは終わったあとのお楽しみです! きっと喜んでもらえますよ」


 言い終わったあと、ボーと学校中に巨大な角笛の音が響いた。


「ああ、これで一限おしまいです。ぜんぜん話したいことを話せなかった……二限目はさっそく実力試験です。先生は少し準備があるので、長めの休憩をとって、三十分後にこの教室に集合! 遅れないように!――じゃあリリムスくん、号令してくれる?」


「……起立、気を付け、礼」


 エディには号令がこれで合っているのか自信はなかったが、どうやら大失敗ではないようで、「ありがとうございました」とバラバラな合唱が起こり、アリシアは微笑む。


「トイレは西に行ったところと東に行ったところにあります。おすすめは西です。なにせ魔法の便器がありますから。この学園の名物です」


 そのあともアリシアはいくつかの事柄を叫び、その間も生徒は自由気ままに動き始める。


 アリシアは一分間は息継ぎせずにベラベラ話し、「もう行かなきゃ!」と時計を確認した。


「私は職員室に行ってきますが、喧嘩はなるべく控えるように。ダグラスくん、あなたに言ってますからね。リリムスくんはシャーロットさんをなだめてください、期待してます。それじゃあ、三十分後に!」


 アリシアは教室を飛び出していく。


「さて、どうするか……」


 エディは一限を死なずに乗り切ったことに不思議な感動を覚えていた。


 ダグラスが立ち上がり言い放つ。


「君たちとは同じ空気を吸っていたくないので、私は少し散歩してくる。肺の中の腐った空気を入れ替えなくては」


 しかしそれを聞いているのはエディだけのようだった。生徒はみな別のことに夢中だ。ダグラスは忌々しそうに机の足を蹴飛ばし、エディと目が合う。


「リリムス・オーガ。貴様のことは覚えた。私の名はダグラス・ブラッディソングだ。魂に刻んでおけ」


「じゃああだ名はDBだな」


「吸血鬼の名を略すな。殺してやろうか?」


「ごめんって」


「貴様はシャーロット嬢ともども飼ってやる。私は屋敷に人族のペットをなんと十以上コレクションしているんだ。それに加われ」


「人族のペット?」


 エディの眉がピクリと動いた。怒りだ。しかしすぐに穏やかな笑顔で隠す。ダグラスは気づいていないようだった。


「ペットだ。人族を見たことはあるか? 滑稽で愚かだが可愛がる価値があるぞ。私は日々彼らで遊んでいる、もちろん刺激的な遊びさ」


「……そう。よろしく、ダグラス」


 エディは手を差し出した。


 ダグラスはきょとんとした表情でその伸ばされた手を観察する。


「この手はなんだ?」


「握手だよ。手を握り合うんだ。知らない?」


「それは鬼人族特有の文化だろう。私にバイキンでも移す気か?」


 エディは無理やりダグラスの手を掴んだ。思い切り力を込める。ダグラスは予想だにしない苦痛に目を剥いた。


「よろしくな、クソ野郎」


「フンッ! ――無礼は見逃してやる、甘い血の男よ。私は寛大だ。しかし、すぐに思い知ることになるぞ」


 ダグラスは手を振り払い、教室の床にツバを吐いて、大股で歩き教室から出ていった。エディはそれを手を振って見送る。


「先が思いやられるぜ」


 シャーロットは鬼のような形相で座ったまま動かずにいた。


「おい、シャーロット」


「なにかしら?」


「あいつどうすんだ」


「殺しましょう。私の絶対殺すリストはどんどん厚みを増してるの。早く消化していかないと」


「殺しはさすがに……目立つからな」


 エディは数秒思案し、ニヤリと笑う。


「いいことを思いついたぜ。奴に一泡吹かせてやろう。――ちょっと行ってくる」


「どこに?」


「まあ待ってろ。仕込みってやつさ」


「はあ?」


 シャーロットは不機嫌を隠すこともない。エディはたちの悪い笑みをシャーロットにだけ見せた。


「次の授業じゃ面白いもんを見せてやる」



▼△▼



 三十分後。


 エディは素知らぬ顔で教室に戻ってきた。シャーロットが問い詰めてもにやにやするだけで話そうとはしない。


 アリシアが息を切らせて入ってくる。


「ぎりぎりセーフ! 三分ルール適用です! さて、全員揃っていますか? ――ダグラスくんがいないですね。困りました、よそのクラスに迷惑をかけてないといいんですが……」


 ちょうど扉が開いた。ダグラスだ。


「……時間を置けば変わるかと期待したが、相変わらずのひどい匂いだ。便所ではないんだよな?」


 アリシアは気まずそうに笑った。


「さあ! ダンジョンの入り口に案内します! ついてきてね! はぐれないように!」


 生徒はバラバラと立ち上がる。実力試験だ。

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