第4話 もう一度いうけど吸血鬼ってキライ
「あなた、人間でしょう。鬼人じゃありえないわ」
エディは顔をしかめた。
「俺は……鬼人だ」
「そんなわけない。鬼人の血の匂いはもっと野蛮なはず。あなたのは洗練されてるわ。どこかの牧場から逃げ出してきたの? でも私が拾ったんだから私のものよね」
「鬼人だって――言ってるだろッ!」
エディはシャーロットを突き飛ばそうとした。
しかし紅の瞳が怪しく輝く。魅了だ。エディはそれを図鑑で知っていた。
「さあ、化けの皮を脱ぎなさい」
そう言った途端、エディの頭の角が煙のように消え去った。シャーロットは「わあ!」と少女らしい声をあげて手を叩く。
「すごい! どんなトリック? 鬼人に化けられるなんて――でも角がない方がずっといいわ。これからはこっちでいなさい。なんだか匂いもずっと濃厚」
エディは弱々しく首を横に振った。シャーロットはその頭をしきりに撫でる。
「いい子ね…… 可愛いわ…… ああ、ごめんなさい。私ったらはしたない。でも悪いのはあなたよ。こんなの……舞いあがらないわけないじゃない」
シャーロットはすこしだけ背伸びをして、エディの首元に口を近づけた。
「これはあくまで保護だから…… じゃあ……いただきます」
吸血鬼にとって首に牙を突き立てる行為は契約である。獲物に生涯の隷属を強いる。血でもって縛り付けるのだ。
小さな犬歯が肌に突き刺さった。しかしエディは痛みを感じない。むしろ快感だけがあった。歯を食いしばって目を閉じる。
シャーロットはエディの体にきつくしがみつき夢中になって血をすすった。
エディは体が冷たくなるのを感じた。命の源が吸い取られていく。代わりに不死者のエネルギーが流し込まれ、不思議な熱がこもっていくのだ。
そして――
シャーロットは雷に打たれたようにビクンと震えて崩れ落ちた。
エディはほくそ笑む。
「ハハ、ざまあみやがれ」
エディが自分の頭を叩くと角が生えてきて、すぐに鬼人族の姿に戻った。そして倒れたシャーロットの側にかがみこむ。
「人族が何の対策もせずにノコノコ散歩してるとでも思ったのか? 世間知らずはお前だよ、お嬢ちゃん」
シャーロットは息も絶え絶え、しかし力強く睨みつけてくる。
「殺してやる……」
「諦めな。人間サマの技術によって俺の血は対吸血鬼特効になったのさ。呪いを反転する。つまり俺がお前のご主人様だ。分かったら
シャーロットはいやだと首を横に振った。それでも口は勝手に開く。
「……ワン」
「いい子だ」
エディがわしゃわしゃと銀色の頭を撫でれば、シャーロットは屈辱で唇を噛む。
「勇者しか手術には耐えられないが……これで勇者が傀儡にされることはなくなった。吸血鬼は種族としての価値が半減だなあ。吸血ダニくらいに改名しようぜ」
「私は……夜の支配者よ……」
「これからは語尾にニャンをつけるように」
「お断りニャン!」
シャーロットの顔が真っ赤になる。エディはくつくつと笑った。
「純血の吸血鬼を殺すには時間も準備も足りないから見逃してやる。ここが戦場でなかったことに感謝しろ。ただし……」
エディはシャーロットの額に指を当てた。
「どんな手段であろうと、俺のことを誰かに伝えることを禁じる。ここで起こったことを伝えることを禁じる。俺を探すことを禁じる。俺に害を与えようとすることを禁じる。俺の不利益になる行動を禁じる。……まあこんなもんか」
「絶対に許さない……ニャン……」
エディはシャーロットの頬をぺしりと叩いた。そして立ち上がる。
「じゃあな」
いまだ立ち上がれないシャーロットを置き去りにしてエディは路地を離れる。
人ごみに紛れ込み、エディはほくそ笑んだ。
「さっそく役に立つとはな。助かったぜ、研究者たち」
エディはいつになく上機嫌だった。ほどなくして宿屋を見つけ、そうそうに眠りに落ちる。ベッドの質は人族のそれと比べて決して悪くなかった。
▼△▼
エディは起きるべき時間に目を覚ました。そして身支度を整える。制服はまだない。売店で買えるらしいので、目立つ前に手に入れなければいけないと考えている。
宿を出て、地図を片手に朝の魔都ノスト・サンブルグを歩いた。相変わらず奇妙な街だった。
そして、迷うことなく目的地にたどりついた。
魔の都の一等地、繁華街の中心に位置する巨大な学び舎、サンブリング学園。
「ここで合ってるよな?」
地図は確かにこの場所を示している。しかしここが学校とは到底思えなかった。
校舎は廃墟のようになっていた。大爆発が起こったみたいなありさまだ。校庭にはいくつもクレーターがあって、まだ乾ききっていない血の跡が広がっている。
「どんな野蛮人が住んでる? 闘技場じゃなくて学校だよな?」
壊れた屋上には無数のインプたちが飛び交っていて、ギャーギャーとやかましく騒いでいた。エディが耳を澄ましてその声を聞いてみれば、新入生たちをどの武器で歓迎してやるか揉めているようであった。
「……学校だよな?」
立ち尽くすエディの隣を、巨大なカエルがぴょんぴょん跳んでいく。そのカエルの口の端からは人の手が飛び出していた。
「……ずいぶん斬新な登校だな」
エディは口をあんぐり開いてそのカエルを見送った。
「朝からカエルの口の中なんて俺はぜったいいやだぞ」
エディはヒキガエル特急は何があっても使わないと心に決めた。
敷地内には制服を着た若者の姿が数人見える。自分の想像していた学校とは大きく違っていたが、学校ではあるらしい。エディは深呼吸をして踏み出そうとした。
その瞬間。
「なんであなたがここにいるニャン!?」
エディは振り返る。
白い制服に身を包んだ昨夜の少女、シャーロットがそこにいた。目を大きく開いて固まっている。
「…………俺は生徒だ。今日入学する」
「…………私もニャン。……クラスは?」
「おそらくCだ」
シャーロットは叫んだ。
「なんで同じクラスなわけっ!? ニャンッ!?」
「……ニャンはやめろ。みっともないぞ」
「あなたがっ! 命令したのよっ! 昨夜から一言もしゃべるわけにいかなくてどれだけ困ったと思ってるの!?」
声を甲高くするシャーロット。
エディは頭を抱えてうずくまった。
「なぜ……こんなことに……」
どうやらこの潜入任務は一筋縄ではいかないらしい。エディはそのことを悟った。
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