第3話 シルバー・プリンセス号・後


 船員が馬と馬車を預かり、マサヒデ達はシルバー・プリンセス号に乗り込む。


 キャプテンと呼ばれた男がタラップを上がった所で足を止め、皆の方を向き、


「シルバー・プリンセス号へようこそ。私はこの船の船長のオニールです。宜しくお願いします」


 皆が頭を下げる。


「この船に乗る際のルールをひとつ。船にいる時は私がルールです。クレール様でも、この船の中では私の言う事を聞いて頂いております。船の上では船長が絶対。例え魔王様でもです。魔王様は船など乗りませんが」


 マサヒデが頷いて、


「船とはそういうものなのですね。私、猪牙舟くらいしか乗ったことがないので、知りませんでした」


 オニールは笑顔で頷き、


「常識の範囲で行動して頂ければ全く問題ありません。ただし、煙草は厳禁です」


 マサヒデが皆を見回し、


「誰か吸う人います?」


 皆が首を振る。


「結構です。では、船内をご案内致します」


「あ、ちょっと待って下さい。いきなりお言葉に逆らって申し訳ないんですが、私、急いで陛下に急いで手紙を書かないといけないんです。先に手紙を書かせてもらって良いでしょうか。皆さんは船内を回って頂いて」


「構いませんよ。おい」


「はい! キャプテン!」


 先程のクレールを疑った船員が大きな声で返事をする。


「紙と封筒、ペンとインクを用意しろ。手紙を預かったら、急ぎ城へ送らせろ」


「はい! キャプテン!」


「あ、そうだ。忘れてました。馬車まで連れてってもらえます? 馬車の中に王宮の印があるんです」


「え」


 船員が驚いてマサヒデを見る。


「私、普段から陛下と手紙をやり取りしてるんです。それで印を預かってるんです」


 オニールと船員が目を丸くしてマサヒデを見る。


「・・・」「・・・」


「お疑いは当然ですけど、本物ですよ」


 サクマが2人を見てにやっと笑って、


「マサヒデ殿、私が手紙を配達しましょう。ハワード公爵家の紋章が入った鎧を着ておれば、馬を飛ばしても怒られません」


「助かります。じゃあ、皆さん先に回ってて下さい。私、手紙書いてきますから。サクマさん、行きましょう」


「はい」


「では、では、ご案内を・・・」



----------



 貨物室に案内され、馬車に乗り込む。


「ええと・・・高い封筒はどこだ?」


 ごそごそ。


「椅子の中かな?」


 ばか。ばか。


「あ、あったあった。ここで書いてしまいますよ。待ってて下さい」


 椅子の上のクッションをどかして、インクとペンを置く。

 いつも筆で書くので、どうもペンは慣れない。


「ええと、ええと・・・拝啓、国王陛下・・・はまずいかな。ううん・・・」


 たまに引っ掛けながら、何とか書き上げ、


「サクマさん、これで良いと思います?」


 手紙を受け取り、サクマと船員が覗き込む。


 『畏れ多き国王陛下。

 

  先ほど、御城下に到着致しました。

  宿泊先は港に停泊している客船、シルバー・プリンセス号です。

  しばらくここに泊まるつもりです。

 

  マサヒデ=トミヤス』


 サクマと船員が首を傾げて、


「マサヒデ殿、これだけですか? もう少し何か、ご機嫌いかがですか、とか」


「自分もそう思いますが・・・」


 マサヒデも腕を組み、


「ううむ・・・急ぎの手紙ですし、あまりつらつら考えるのもどうかと思いますが」


「まあ、それもそうかもしれませんが」


「あ、そうでした。アルマダさんが居るのも書いておかないといけませんよね。公爵家なんですから。ちょっと待って下さい」


 さらさらさら・・・


 『畏れ多き国王陛下。

 

  先ほど、御城下に到着致しました。

  宿泊先は港に停泊している客船、シルバー・プリンセス号です。

  アルマダ=ハワードの一行もこの客船に宿泊します。

  私達はしばらくここに泊まるつもりです。

 

  マサヒデ=トミヤス』


「出来ました」


「ううむ・・・マサヒデ殿、これだけで宜しいでしょうか」


「こう言ってはなんですが、こう、国王陛下のお手紙と言いますと、なんたらがなんたらで、季節の変わり目ですのでなんたらとか・・・」


「ま、構いません。お叱りを受けるのは私ですし、陛下も急ぎの手紙と分かっておいでですから。さて」


 封筒に入れて封を閉じ、印を出して・・・


「あっ」


 蝋封の印に使う赤い蝋燭を取り、はたと困った。

 火が着けられない・・・


「し、しまった!」


「マサヒデ殿! どうなさいました!」


「何か!?」


「蝋燭に火が着けられないです!」


「・・・」


「どうぞ・・・」


 船員が人差し指を出して、ぽ、と小さな火を出す。


「おお! 助かります!」


 ちりちり、と蝋燭に火を着けて、じりじりと溶けるのを待つ。


「この蝋封に使うやつ、中々溶けないですよね」


「ええ・・・芯の燃えカスが入らないよう、お気を付けを」


「分かってますよ。サクマさん、これまで何通も出してるんです。マツさんやクレールさんに散々注意されてるんですから・・・」


 とろとろとろ・・・


「ここっ!」


 しゃ! ぽすん! ぱ!

 恐ろしい速さで印が押された。


「・・・」「・・・」


「ふっ」


 蝋燭を吹いて火を消し、封筒を取って蝋を「ふー、ふー」と吹いて、


「よしと。で、名前を書いて・・・出来た」


 あまり達筆とは言えない字で『マサヒデ=トミヤス』と書かれている。


「ではサクマさん、お願いします」


「・・・はい。急ぎ送って参ります」



----------



 マサヒデと船員が貨物室から上甲板への階段を上りながら、


「そういえば、お名前を聞いていませんでしたが」


「サミュエルです。サムとお呼び下さい」


「分かりました。サムさんはどちらの出ですか? 魔族?」


「いえ。私は米衆連合の産まれで人族です。元海軍、階級は少尉でした」


「へえ!」


「先程は大変失礼致しました。どこかで聞いた名だと何か引っ掛かっておりましたが、マサヒデ=トミヤスと言えば、300人抜き、虎斬りのトミヤス流の若き達人」


「ははは! 達人なんてとんでもない!」


 階段を上がり、赤い絨毯が敷かれた廊下を並んで歩く。

 この絨毯、いくらするのか・・・


「クレール様はトミヤス家に嫁入りされたとか聞きましたが、先程のご様子を見るに、この噂は真で」


「まあ、まだ仮といった所です。ご両親にはとっくに噂は届いているでしょうけど、クレールさんの手紙は届いていないでしょう。お会いして、ちゃんとご挨拶して、お話ししてから」


「クレール様はもうその気のようですが」


「ええ。せっかちな事です。ところで、海軍でも軍隊格闘技って習うんですか?」


「それは勿論。やはりご興味がありますか」


「ええ。私と一緒に来た、派手な馬に乗った獣人の女性いたでしょう」


「はい」


「あの方、イザベルさんと言いますけど、ファッテンベルクです」


「なんですと!?」


「エッセン=ファッテンベルク。お父上は騎馬隊の大将」


「む、むう・・・」


「今は武術家を目指していますが、昔、軍で訓練をしてたんです。それで、見た事ない無手の術を使うんですよ。あれが軍隊格闘技かあって。そうだ。空手世界王者のイサミさん、知ってます?」


「勿論です」


「結構良い勝負しましたよ。流石のイサミさんも拳が砕けてしまって勝負ありでしたけど、イザベルさんもその時に骨をやられました。あれ、拳やられてなかったらイサミさんの勝ちでした」


「ファッテンベルクと言えば、狼族でしたか」


「ええ」


「狼族の骨を砕きましたか・・・流石は空手家、拳が違いますね」


「ええ。私では拳でイザベルさんの骨なんてとても。で、その立ち会いを見て、軍隊格闘技ってどういうものか興味がぐぐっと」


「分かりました。自分程度でよろしければ、稽古のお相手を致しましょう。勤務時間外になりますので、時間は限られますが」


「ありがとうございます」


「同じ軍でも、特に格闘術は、基地や教官で習う内容がかなり変わりますからね。私も機会があればイザベル様にご指南頂きたいものです。さて、船長はどこに行きましたのやら・・・まあ、展望台からですかね・・・」


「展望台? 海を眺めたり?」


 サムがにやりと笑って、


「そこは愛しいクレール様と夜空を眺めたり、です」


「ははは!」


「さらにバーベキューにプール、展望浴場もあります」


「あ、展望浴場! クレールさんが自慢していましたね」


「スパもあります。この船は浴場が自慢ですよ」


 マサヒデが首を傾げて、


「そういえばスパって聞いてイザベルさんが喜んでましたが、スパって何です?」


「温泉湯ですね。この船には温泉の湯を積んであります」


「へえ・・・でも、それってすぐなくなりません? 温泉の湯を汲んできてるんですよね?」


「満員で使っていても半年分はありますよ」


「へえ! 半年分も!」


「湯だけでなく、マッサージ、アロマ、ネイルケア、ヘアケアなど」


「よく分かりませんが、至れり尽くせりの温泉って事ですか」


「ははは! まあそういう事ですね!」

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