第2話 シルバー・プリンセス号・前
港に停泊中のレイシクランの客船を見て、皆が息を呑む。
アルマダも驚いて、しばらくは声も出なくなっていたが、何とか持ち直し、馬を下りて馬車の後ろに歩いて行く。
「クレール様」
馬車の後ろの幌が開く。
「うーん! 潮の香りですね! 港ですか?」
「ええ。窓を開けて、船を見てもらえますか?」
「はい!」
クレールが幌の窓を開けて、
「あっ! あれがシルバー・プリンセス号ですよ!」
「そうですか・・・」
「クレール様、私にも見せてー」
「どうぞ!」
鬼と騒がれないよう、ローブを被っていたシズクが窓に顔を寄せ、
「げ・・・」
と小さく声を出して、ゆっくり席に戻り、
「ラディ、見てみなよ」
「大体予想は」
と、ラディが背を屈めて立ち上がり、窓に顔を寄せ、ごくりと喉を鳴らす。
「・・・予想外でした」
「だろ・・・」
クレールが済まなそうな顔で、
「すみません。あまり大きな船ではないんですけど」
「いやいや、十分でかいから」
ふう、とアルマダが息をついて、御者台のトモヤの所に行き、
「あの辺の、邪魔にならない所に馬車を停めておいて下さい。クレール様を乗せる船かどうか、確認してきます」
「お、おう・・・」
がらがらと馬車が走って行く。
マサヒデも馬車について行ったが、
「マサヒデさん! 止まりなさい!」
「え」
馬を止めて、マサヒデが振り返る。
マサヒデが止まったので、イザベルも止まる。
アルマダが馬に乗り、マサヒデの所に歩いて来て、
「行きますよ。あれがクレール様を待っている船かどうか、確認しに行くんです」
「あ、はい」
「何を呆けた返事を・・・あなたも行くんです」
「ええっ!? アルマダさん、行って来て下さいよ! あんな船に近付くなんて、私には恐ろしくて無理です!」
「駄目です。クレール様を後ろに乗せてきて下さい」
「そんな!?」
「さあ早く。クレール様ご本人が居ませんと、私達は不審者扱いで追い返されるかもしれませんからね」
「アルマダさんが乗せていけば」
「駄目です。大体、クレール様の船でしたら、私達はこれからあそこに寝泊まりするんですよ。分かってるんですか」
「そんな・・・」
マサヒデが船を見る。
まるで城のような大きさではないか・・・
あそこに、マサヒデ達たった12人で?
「確認しに行くだけです」
「でもですよ!?」
き! とアルマダが厳しい顔になり、
「早く! 違ったら宿を探さねばならないんですよ! 陛下へのお報せも出さないといけないでしょう! お待たせしてはいけません!」
「う・・・分かりましたよ・・・」
マサヒデが諦めた顔で馬車に近付いていく。
黒嵐から下りて、馬車の後ろの幌を分けて顔を突っ込み、
「クレールさん。来て下さい」
「はい!」
椅子を立って、クレールがマサヒデの顔の前に立つ。
「一緒に来て下さい。あなたを待っている船かどうか、確認しに行きます。クレールさんが居ないと、私だけでは不審者かって追い返されますからね」
「マサヒデ様を不審者扱い!? 許せません!」
「そう思うなら、一緒に来て下さい」
「はい!」
よいしょ、とクレールが馬車を下りる。
「イザベルさん、ちょっとクレールさんを後ろに」
「は!」
マサヒデが黒嵐に跨ると、イザベルが馬を下りて、ひょいとクレールを持ち上げる。狼族のイザベルには軽いもの。
「さ、クレール様、引っ掛からぬよう」
「よいしょ・・・うん」
クレールが後ろに乗り、マサヒデに抱き着く。
「えへへ・・・」
前のマサヒデは渋い顔。
「イザベルさん」
「は!」
「あの船、どう思います?」
「予想以上に大きな船で驚いております」
「そうですか。ですよね」
「は・・・」
「行きましょう」
「は!」
イザベルが馬に乗り、マサヒデの後ろにつく。アルマダもこちらに歩いて来る。
「さ、行きますよ」
「はい」
ぽく、ぽく、ぽく・・・
船に近付いていくと、タラップから船員が降りて来た。やはり警戒されているのか。
「すみませーん!」
マサヒデが手を振ると、
「全室予約済みだ! 帰れ!」
と、厳しい声が帰って来る。
アルマダが前に出て船員に歩いて行く。
「失礼。クレール=フォン=レイシクラン様を連れて来ましたが、こちらはクレール様をお待ちの船でしょうか」
「何!? クレール様を!?」
マサヒデの後ろからひょいとクレールが顔を出して、
「クレールですが、こちら私を待っておりまして? お父様が出して下さいましたのでしょうか?」
んん? と胡乱な目で船員がクレールを見る。
このようなみすぼらしい姿の・・・
「帰れ! 顔が似ているからと騙せると思うな! 警備兵を呼ぶぞ!」
む! とクレールが眉間に皺を寄せ、
「今すぐ私の顔を知っている者を呼びなさい!」
「まだ言うか! この小娘が! さあ帰れ!」
かつん、と蹄を鳴らしてアルマダの馬、ファルコンが前に出る。
「私はハワード公爵の三男、アルマダ=ハワードだ。公爵家の者が連れて来た者を疑うと言うのだな」
「なあにい?」
こんこん、と鎧の紋章を叩いて、
「この紋章をその目によく焼き付けろ。今すぐ船に戻り、紋章辞典を確認して来い。確認したらクレール様の顔を知っている者を呼べ」
ふん! と船員が鼻を鳴らして、
「いーいだろう! 確認してきてやる! 待ってな!」
船員がタラップを上がって行き、少しすると、ぼ、ぼ、ぼ、と汽笛が5回鳴った。少しして、ぞろぞろと港中から警備兵が集まり、マサヒデ達を囲む。船員がまたタラップを降りて来て、にやにや笑いながらアルマダを指差し、
「待ってろよ。てめえ、偽物だったらとっ捕まって牢屋行きだからな」
ぱ! とクレールが腕を振り、
「本物であった時の心配をなさい! さっさと私の顔が分かる者を呼びなさい!」
これだけの警備兵に囲まれても、この者達は全く物怖じしていない。
はあ、と後ろでイザベルが溜め息をつき、船員を見て小さく首を振った。困ったような顔で、ちら、ちら、とクレールに目線を送る。
あの顔は、まずいぞ、と言っている・・・
これはまずい!? 本物!?
は、と顔色を変えると、イザベルが渋い顔で頷いた。
ばたばたと船員がタラップを駆け上がっていく。
マサヒデは船員の背中を見送り、後ろに首を回して、
「クレールさん、何か身分証みたいなもの持ってないんですか? ほら、印とか」
「あっ!」
「あっ、じゃありませんよ。身分証を持ってきます、で良かったじゃないですか」
「た、確かに・・・」
「アルマダさんも、それで良かったじゃないですか」
「む・・・そうですけど、ちょっと彼の態度が・・・」
回りの兵達が怪訝な顔でざわざわしだす。
「クレールさんも、アルマダさんも、あの方は許して下さいよ。警戒して当然なんですから、忠実に仕事をしているじゃないですか。クレールさんの顔を知らなかったのも、下の方なら当然なんです」
「はい・・・」
「・・・」
しばらくして、ばたばたと制服を来た中年男が駆け出て来た。
「あっ! クレール様!?」
「あーっ! キャプテン! まだこの船にいたんですか!」
「げえっ!?」
後ろで船員が声を上げ、さあーっと顔を白くする。
クレールが冷たい目でちらっと船員を見て、キャプテンと呼んだ男に笑顔を向け、
「キャプテン、もしかして、こちらで私を待っていてくれたんですか?」
「はい! お待ちしておりました!」
クレールが周りを見渡し、
「警備隊の皆様にはお仕事に戻って頂いて」
「はい!」
キャプテンが顔を上げ、
「騒がせた! こちらの手違いであった! 皆さん、戻って下さい!」
なんだなんだ、とざわざわと警備兵達が戻って行く。
ちら、とクレールが真っ白な顔をした船員を見て、
「あの方は許してさしあげて。私、うっかり身分証を馬車に置いてきたんです。この格好では疑われても当然なのですから」
「これは寛大な」
「この船には厩もありましたよね? 馬車は乗せられますか?」
「勿論ですとも。少々お待ち下さい。貨物室を開けさせますので、皆様の馬と馬車はそちらへ」
「はい。お願いします」
キャプテンがタラップを上がっていく。
マサヒデが後ろを向いて、
「じゃあ、皆さんを呼んできましょう。クレールさんはここで」
「乗ってます!」
ぎゅ! とクレールがマサヒデの背中に抱き着いた。
「ははは! クレール様は相変わらず見せつけますね!」
「見せつけまーす! えへへ」
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