勇者祭 首都編

牧野三河

第一章 首都へようこそ

第1話 首都ウキョウ


 オリネオの町を出て2週間後。


 街道の向こうに、高い壁が見えてきた。

 ここが日輪国の首都、ウキョウ。


「馬車を止めてくれ!」


「おう!」


 がらがら、と少し馬車が進んで街道脇に止まる。

 マサヒデとアルマダが馬車の前に馬を進めて、左右に見えないほど広がった都市の外壁を眺める。


「アルマダさん! 広いですねえ! 端が見えませんよ!」


「そうですとも。首都なんですから」


「どのくらい人が住んでるんですか?」


「100万人と言われてますが、実質もっと居ます。河原者などは数えられませんし、ホテルや宿に住んでいる者は住所は別ですからね。観光客や旅の者もいます」


「へえ!」


「何にしてもまずは宿です。しばらく滞在する事になりますからね。決まったら、真っ先に国王陛下に到着の報せを出さないと」


 マサヒデはオリネオの町に来た時の事を思い出した。

 宿がなくて困ってしまったのだ。


「宿は大丈夫ですかね?」


「困ることはありませんよ。それと、首都では広い道なら馬で歩いていても叱られませんからね。走らせると叱られますが」


「あ、そうなんですか」


「ただし。貴族っぽい方が歩いて来たら、道を開ける事。馬や馬車は左側を進ませる事。トモヤさん、道の左側ですよ」


「おう!」


 ふっ、とアルマダが髪をかき上げ、


「まあ、我々が馬車の前後に居れば、王族以外は道を譲る必要はないです」


「ははは! さすが公爵家は違いますね!」


「このくらいは使わせてもらいませんと。サクマさん! リーさん! 馬車の前に出て下さい!」


「は!」

「は!」


 サクマとリーの馬が馬車の前に出る。


「では行きましょう。まずは寝床探しです。トモヤさん。出して下さい」


「よっしゃ! 将棋の兄さんのお通りじゃ!」


 ぱしん、と鞭が入り、馬車が走り出す。

 しばらく街道を進んで行くと、どんどん外壁が高くなってくる。


「アルマダさん! 壁が高いですよ!」


「当たり前です」


「あれ門ですか!?」


「見て分からないんですか?」


 はしゃぐマサヒデの声を聞き、後ろでカオルとイザベルがくすくす笑う。


「マサヒデさん。もうはしゃぐのはやめなさい。恥ずかしい」


「でも凄いですよ! ブリ=サンクより高そうですよ!」


「もう口を閉じて下さい。ホテルの部屋に入ってから、はしゃいで下さい」


「分かりましたよ・・・」


 高い外壁を見上げながら、マサヒデ達が門に近付いていく。

 門の左右に騎士が立っている。


「あ、あれ騎士の人ですね。門番が騎士なんですね」


「そうですから。黙ってて下さい」


「はい」


 門の手前に来た所で、騎士が歩いて来た。


「止まれ!」


「む」


「マサヒデさん。私に任せて。トモヤさん! 止めて下さい!」


「おう!」


 馬車が止まり、皆も馬を止める。

 アルマダが前に出ると、騎士が近付いて来てバイザーを上げて顔を出し、頭を下げて馬上のアルマダを見上げ、


「大変失礼しました。ハワード公爵家のアルマダ様ですね」


「そうです」


 騎士がマサヒデを見て、


「あちらがマサヒデ=トミヤス殿」


「そうです」


「陛下よりお言伝を預かっております。宿が決まったら連絡する事。陛下から連絡が参られますので、それまでは宿を変えずにお待ち下さい。以上です」


「分かりました。ところで、港に大きな客船が停泊しているという話は聞きませんか?」


「あ、お聞きでしたか。レイシクランの客船がしばらく前から」


「ははは! そうでしたか!」


「あの客船が何か?」


 アルマダが馬車の方を見て、


「あの馬車の中に、レイシクランのご令嬢が乗っておられます」


「ええ!?」


「おそらく、彼女を待っているのだと思います。そうでしたら、宿はその客船になるでしょうか。で、その客船が停泊している港へは、ここから馬でどのくらいかかるでしょう」


「距離で言えば、馬なら半刻(1時間)と少しですが、まあ道には人もおりますし、一刻かかるかかからないか、といった所かと」


 騎士は門の中を指差し、


「この広い通りが中央首都道です。ここを真っ直ぐ進みますと、城門前広場に出ます。広場の南の方、この首都道から見て右の方です。そちらに『港湾区』と看板が出ております広い道を真っ直ぐ進んで下さい。港に出ます」


「ありがとうございます」


「勇者祭の参加者とお聞きしました。お気を付けて下さい」


「大丈夫ですよ。そこに300人抜きのトミヤスがいるんです」


「ははは! でしたな!」


 アルマダがにっこり笑って馬首を返し、馬車の所に歩いて行く。


「マサヒデさん。心配が当たりましたよ」


「と言うと」


「レイシクランの客船が港に」


「・・・」


「クレール様を待っている船かどうかは分かりません。まずは確認しに行きますよ。間違いなくそうだと思いますが、念の為です」


「そうですね」


「で。その船がクレール様を待っている船でしたら、船を宿にしましょう」


「ええっ!?」


「宿代がかからないんです。良いではありませんか」


「そうですが・・・」


「下手な宿から陛下の所に連絡は出来ませんよ。陛下からお返事を持って来た使者の方が『こんな宿に』と思われるようではいけませんよね」


「まあ、そうですかね?」


「そうですとも。その方、帰ったらなんて言うと思います。あんな汚い宿に泊まっているとは驚いた、なんて・・・」


「別に私は構いませんが」


 アルマダは眉を寄せ、


「私はそんな所から陛下の前に顔を出すのは嫌です。クレール様も嫌でしょう」


 アルマダがイザベルの方を向き、


「イザベル様は?」


 イザベルは力強く頷き、


「マサヒデ様が泊まられるのであれば、河原でも砂漠でも雪の中でも」


「・・・あなたに聞いた私が間違いでした。とにかく、船の確認は必須ですから、まず行きますよ。違うなら別の宿を探せば良いんです」


「ううむ」


「さあ、行きましょう!」



----------



 がらがらと馬車を走らせ、城門前広場。


 やはり前後に綺羅びやかな騎士が居るので、皆が道を開けてくれる。

 四半刻ほどでだだっ広い広場に出た。


「う・・・広いですね」


「マサヒデさん。あれが城です」


 アルマダが指差した方向を見れば、まさに城。

 広場の向こうにこれまたでかい門が見える。

 『城門前広場』と言うのですぐ近くかと思ったが、門からはかなり遠い。


「あそこに行くんですよ。覚悟しておいて下さい」


「胃が痛くなってきました」


「後でカオルさんに薬をもらいなさい」


 後ろでカオルがくすっと笑った。


「右手の方でしたか・・・」


 広場の端にはベンチがあるので、少し離れて端沿いを進めて行く。

 広場の皆の目がマサヒデに向けられ、緊張する事この上ない。

 マサヒデよりも乗馬の黒嵐の方が落ち着いている。


「あ、看板」


 マサヒデが菅笠を上げ、看板を指差す。


「あれは違います。もっと先か」


 ぽくぽくとアルマダが馬を進めて行く。

 しばらくして『↑港湾区』と書かれた看板を見つけ、その道に入って行く。


 アルマダと騎士達を見て皆が道を開けるが、あれ、とマサヒデが首を傾げる。

 先ほど広場ではじろじろ見られたが、皆、物珍しそうにという感じではない。


「アルマダさん」


「なんです。きょろきょろするのはおやめなさい」


「いえ、皆、あまり珍しそうって感じではないですね」


「慣れてるんでしょう。港から貴族が船を下りてこの道を通り、城へ。しょっちゅうではないですか?」


「ああ」


「この都市にも貴族は腐る程に住んでるんですから、歩いてても珍しくはないと思いますが」


「腐る程って」


「居ますよ。そのうち嫌でも顔を合わせます。というか、そこにも居ます」


 くい、とアルマダが顎をしゃくると、馬を止めている若いスーツの男。


「あれもどこぞの貴族でしょう。格好からして省庁務めでしょうか」


「へえ。平民の私には肩が狭いですね」


「貴族っぽいなと思ったら、ああして道を開けるんです。ちゃんと止めるんですよ。行列が来たら、絶対に前を横切らないように」


「分かりました」


 ぱか、ぱか、ぱか・・・


 馬を進めて行くと、海が見えてきた。

 初めて見る、本物の海。きらきらと波を反射して、美しい。

 通りに店は少なくなり、向こうには大きな倉庫がいくつも並んでいて、荷馬車が多く走っている。


 そして港・・・


「・・・」「・・・」


 マサヒデとアルマダが馬を止めた。

 馬車も止まった。


「・・・あれ、ですかね」


「・・・でしょうね・・・舳先のあの紋章、レイシクランです」


 港の向こうに、ばかでかい白く輝く船が泊まっている。

 甲板の上に3階建ての建物? が立っていて、大きな赤い煙突が3つ。

 マサヒデが後ろを向くと、皆が口を開けて船を見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者祭 首都編 牧野三河 @mitukawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画