三:ネオ・トヨスの闇


 緑髪のアンドロイド「デルタ」とパイは、廃ビルの一角でひっそりと身を潜めていた。しかし、彼女たちが見つからないままでいられる保証はどこにもなかった。


 デルタが水筒から最後の一滴を飲み干したその時、遠くで爆発音が響いた。廃ビルの窓からは、ネオ・トヨスの空に舞い上がる煙が見えた。パイはその方向を見つめながら、口元に笑みを浮かべた。

「始まったな。反AI組織のアンドロイド狩りがまた動き出したんやろ」

デルタは驚いた表情でパイに尋ねた。「これも反AI組織の仕業なのですか?」

「まあ、多分な。最近はこんなことばっかりや。アンドロイドを排除しようと、あいつらは無茶苦茶なことをやっとる」

 デルタはその言葉に深く考え込んだ。彼女自身も反AI組織に追われている身であることを実感し、不安が募った。

「どうするんですの、パイさん。ここにいるのは危険なのでは?」

 パイは少し考えた後、軽く頷いた。「確かにそうやな。でも、逃げるにも行き先がないとあかんし、今動くのもリスクが高い。しばらく様子を見ようや」

 デルタは黙って頷いた。彼女には何も決める権利がないように感じていたし、パイの判断に従うしかなかった。


 外では、さらに銃声が響き渡り、人々の叫び声が聞こえてきた。デルタの心臓は不安で早鐘のように鳴っていたが、パイはその様子を見て、無理にでも笑顔を作った。

「安心せえ、デルタ。うちはこう見えても逃げ足は速いんや。万が一の時も、きっと何とかなるで」

 パイの言葉に、デルタはほんの少しだけ心が軽くなった。しかし、彼女の不安が完全に消えることはなかった。ネオ・トヨスの闇は、これからも彼女たちを試し続けるだろう。


 その時、ふと思い出したようにパイが小声で囁いた。

「そういや、さっきあんたが持っとる猫の端末やけどな……それ、ただのスマホやないやろ?」

 デルタは驚き、手にしていた猫型の端末を握りしめた。

「ええ、これは少し前に『強制同期の危険がある』って回収騒ぎになった端末ですの。セキュリティホールがあって、ほかの端末やアンドロイドに接続されると、相手の意識をのっとれてしまう危険な品なのですわ。電源は絶対に入れないよう、きつく注意されております」

 パイはじっとその端末を見つめながら尋ねた。

「誰かにもらったんか?」

 デルタは少し困ったように眉を寄せ、目をそらした。

「いえ、そういえば……どうやって手に入れたのか、よく覚えていませんわ。うっ……た、たぶんネットで購入してから、後で回収騒ぎがあったのだと思いますわ。でも、すごく大切にしてきましたの」

 パイはその言葉に、ふと安心したように「そ、そうか」と短く答えると、デルタが大事そうに抱えている端末を見つめた。

「お金は大事やしなあ」とつぶやくパイに、デルタは微笑んだ。「そうですけれど、わたくしのこの端末は、何物にも代えがたい宝物ですわ」

 パイは笑って肩をすくめ、「ええよ、そんなに大事なら売らんでええ。せやけど、絶対電源だけは入れんときや。その端末のことが広まっとるなら、あんたが持ってるだけで狙われるかもしれんしな」と忠告する。


 二人は一瞬、何とも言えない緊張感の中で端末を見つめたが、パイが「心配せんでもええ、万一見つかったら、あんたと一緒に逃げたるさかい」と言うと、デルタも小さく頷いた。

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