二:廃ビルの出会いと謎の端末



 冷たいアスファルトに倒れ込みそうになったその瞬間、何者かの腕が彼女を支えた。

「おっ、危ないで! 大丈夫か?」

 関西弁の声が、緑髪の少女の耳に響いた。彼女は目を開き、意識を取り戻そうと努めた。目の前に、オレンジ色でふんわりとした髪、大きな胸を持ち、少し怪しげな笑みを浮かべた少女が立っていた。

「うちはパイや。随分とボロボロやな……あんた人間やろ?」

 パイと名乗る少女は、緑髪の少女をじっと観察していた。その目には好奇心と、何か企んでいるような光が混ざっていた。

「……平気……ですわ……でも、お腹がすきましたわ」

 緑髪の少女は力なく応えた。パイはそれを無視するかのように彼女を抱きかかえ、立たせようとした。

「ほら、ここじゃまずい。早よ立ちや」

 パイは彼女を支えながら、その場から移動するよう促した。緑髪の少女は抵抗する力もなく、ただ従うほかなかった。

「こんなとこで倒れてたら、誰かに見つかってしまう。反AIの取締りに見つかったら、あんたみたいな人間でも面倒なことになるで。うちに至っては解体処分や」

 パイはその言葉と共に、緑髪の少女を廃ビルの陰へと連れて行った。

「ここやったらしばらくは安全や。お腹すいてるんか? でも今、食べ物は持ってないんや」

 パイの問いかけに、緑髪の少女は弱々しく答えた。

「……水……少し……飲みたいですわ……」

 パイは頷き、小さな水筒を取り出した。

「水ならあるで。はい、これ、ゆっくり飲みや」

 緑髪の少女はおずおずと水筒を受け取り、慎重に水を飲んだ。その瞬間、彼女の生体コンピューターが少しだけ活性化するのを感じた。

「ありがとう……助かりましたわ……」

 パイはにやりと笑った。

「ええって。困ってる奴は放っておけんからな」

 そう言いながらも、パイの目には何か別の意図が浮かんでいるようだった。しかし、緑髪の少女にとって今はただ生き延びることが最優先だった。

「ところで、あんた名前は?」

 緑髪の少女は少し迷ったが、「デルタ……ですわ」と答えた。

「デルタ……それってコードネームやろ? まさか、あんたアンドロイドか?」

 パイは驚いた表情を浮かべた。


 薄暗い廃ビルの中で、二人の会話が静かに続く。

「しかしデルタ、あんた変わってるなぁ。普通アンドロイドは食べ物なんて必須じゃないんやけど……。まあ、うちも食べることはできるけど、エネルギーが切れても動作停止するだけで、人間みたいに飢えることはないし……味を楽しむってのはあるかもしれんけど、あんた相当なグルメなんか?」

 デルタは困惑した表情を浮かべつつも、静かに頷いた。その時、パイの目がふと、デルタの手元に目を向けた。

「それ……あんたの持ってるデバイス、なんや?」

 パイはデルタが手に持っていた小さな端末に目を留めた。それは一見普通のスマホに見えるが、どこか懐かしい形をしている。裏面には「ンマ」という文字が、かすかに刻まれていた。

「なんや、この文字……暗号か? 誰かの名前か?」パイは意味ありげな目つきで端末を凝視する。

 デルタは少し驚いた表情でスマホを見下ろし、少し微笑んで答えた。

「これですか? この文字の意味は存じ上げませんわ。でもわたくし、デザインが好きで持っていますの。猫のような形がかわいいですわ」

 彼女の指先で端末を撫でる様子から、そのスマホがただの機械以上に大切な存在であることが感じられた。

「……ふーん、まあ、売る気ないならそれでもええわ。でも、使い道はなさそうやな……」

 パイは意味深な笑みを浮かべ、デルタの端末をちらりと一瞥しながら、また何かを企んでいるように見えた。

 デルタはその視線に気づきつつも、今はそのデバイスが唯一のつながりであるかのように大事に抱きしめた。

「まあ、細かいことはええか。これからどうするか、一緒に考えたらええんちゃう?」

 パイのその言葉に、デルタはほんの少しだけ希望の光を感じた。


 孤独な日々が続いた彼女にとって、この出会いは新たな一歩だったのかもしれない。

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