Book 2-II : ( δ ω δ )
ジョヴァンニがゆっくりと振り向くと、巨大なサバトラのねこちゃんと目が合った。
顎から額までの長さだけでも彼の背丈ほどある。格好のおもちゃを見つけた、とでも言いたげに目を見開き、3mはある尻尾を左右に大きく振っていた。
「あ〜それ図鑑で見たことある! 確か『どでか猫』っつってシッポが12本あるらしいっす」
一旦着陸したアンブローズが、ズボンの裾についた小枝を手で払いながら紹介した。
「そうか、それでドデカなんだね」
ドデカ(δωδεκα)とはギリシャ語で「12」という意味だ。
「かわいい!」
普段はあまり感情を表に出さない姫奈も、思わず無邪気に声を上げてしまった。昆虫や節足動物や環形動物を愛でているからといって、ふわふわ動物にかわいさを見出す一般人の感覚を共有していない訳ではないのだ。
他の3人が和んでいると、どでか猫が不意にジョヴァンニにねこパンチを繰り出した。
鎌のような爪がクロークに引っ掛かり、自宅前で盗人に攻撃された際にできた裂け目がさらに大きくなった。
「にやお!」
ゴロ、ゴロ、ゴロ。
「うわじゃれんなよ毛玉」
舌打ちしながらクロークのダメージ状況を確認した彼だが、別にかわいいねこちゃんに対して本気で怒っているのではなかった。周囲の人間にはひた隠しにしてきたが、彼は実は小さい頃から猫が好きだった。学院を脱走した後も、新居の庭に飲み水入りの器を置いたり、嵐の日にはロビーを避難場所として開放したりして、自分なりに地域の猫コミュニティに貢献してきたつもりだった。
「でも尻尾12本もなくない?」
生物の観察に長けている姫奈が指摘した。確かに尻尾は3本しか生えていなかった。
「あ〜それはまだ子ヌコちゃんだからじゃないっすか?」
アンブローズは当てずっぽうで答えたが、言われて見ると確かに4頭身ほどで、子猫体型だ。
「これが子猫ってことは、成猫は……」
とレオが言いかけると、地面が小刻みに震えだした。子猫の背後からママ猫が突進してきたのだ。ママ猫は子猫の5倍は大きかった。
「うぅー」
ママ猫は侵入者達の目の前で立ち止まり、腰を低くして籠もった唸り声を絞り出した。
ジョヴァンニはこれが威嚇のサインだと知っていた。ママ猫は、人間達が我が子に危害を加えようとしていると思ったのかもしれない。
「これヤバくね?」
4人は数歩だけ後退りしてから踵を返して走りだした。
彼らに飛びかかる寸前だったママ猫は、追いかけては来ず、不意に毛繕いを始めた(獲物を捕え損なった際に他のことをして誤魔化すというのは、猫ならば一度は経験したことがあるだろう)。
4人は途中で方向転換し、アゴラのある方へ向かった。やがて息を切らしながら野原の外れに到着した。
そこには「どでか猫保護区域・猫の餌にならないで下さい」と書かれた看板が高々と掲げられていた。
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