Book 1-V : 吸い込まれる
学院の正門と裏口、双方の門番によると、今のところ敷地を後にした参加者は誰もいないとのことだった。つまり、姫奈はまだ中にいる。レオは理科室や菜園など、彼女が行きそうな場所を巡った。本館内でも会場から少し離れてしまえば、もう自身の心臓の鼓動以外には何も聞こえない。頼りない月光に照らされた教室や廊下を順々に見て回っても、彼女がどこに姿を消したのか、皆目見当もつかなかった。
彼女のことが気掛かりで仕方がなかったが、送迎の馬車をいつまでも待たせる訳にもいかないので、重苦しい足取りで帰路に就いた。
*********
その夜、精神的に疲弊していたレオは気絶するように眠りに落ちたが、脈絡の無い夢をいくつも見た。
夜明け前。夢の中のレオは素潜りをしていた。
遠くにゆらゆらと動く何かが見える。海月だろうか。近づいてみる。どうやら海月ではない。人のようだ。向こうを向いている。まさか、水死体か?(死体の夢って凶夢だっけ?)いや、違う。まだ生きている。ブロンドの少女。まさに会場にいたあの少女ではないか! この少女がニムエなのではないかという憶測は、この瞬間に何故か確信に変わった。
ニムエ、お兄ちゃんだよ。ずっと君を探してたんだよ。今まで一人にして本当にごめんね。一緒に、お母さまの元へ帰ろう……。
水中では声を上げられないのがもどかしい。
こちらに背を向けたまま力無くゆらめいていた少女は、徐にレオがいる方とは反対方向に泳ぎだした。すかさず追いかける。少女は、緩やかな傾斜を描く海底に沿ってより深く潜水して行く。水圧で肺が圧迫される。苦しい。こんなに深いところに潜ったのは初めてだ。
浮力に抗いながら前進し、身体の節々の動きが本来の敏速さを失い、胸の辺りがじわじわと熱くなりかけた時、仄暗い前方に木製の観音開きの扉が出現した。海底に聳えるそれの周囲は、漆黒の壁なのか、光が一筋も差し込まない闇なのか、もはや判別できない。いずれにせよなんとなく見覚えのある扉だ。それは徐々に独りでに開き、少女は中の真っ暗な世界に吸い込まれて見えなくなった。
レオは息苦しさに耐えながらなんとか追いついたが、非情にも扉は目の前で閉ざされてしまった。
そこで目が覚めた。
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