第6話 カラオケスナック奈美

 その日は、暖簾をくぐると既に女性客が一人、カウンター席に座っていました。

今夜、いっこの炊いた黒鯛の炊き込みご飯を食べています。

その女性は、いっこの商売仲間の奈美さんでした。

 「こんばんは、いつもいっこをご贔屓にありがとうございます」

可愛い顔立ちなのに美人の奈美さんは、緑ヶ丘のサンロード商店街でカラオケスナックを経営しているママさんです。

いっこのお店の経営不振を知り、いっこにカラオケスナックでいっしょに働いて欲しいという誘いでした。

 「うちの女の子ね、 足を骨折しちゃってカウンタに立てないのよ。 それで…」

いっこの困惑した表情は、よしくんには、すぐに分かりました。

いっこは、この静かな環境での商売を望んでいたのです。

しかし、お客がよしくん一人では、この先不安なことは確かです。

よしくんは、よしくんで考えていることがありました。

それは、いっこもこれ以上苦労すること無いから、商売をやめてよしくんと暮らして欲しいということでした。

でも、いっこの状況も知らずにいっこに提案することは出来ないので考えだけに留めていました。

すると、いっこが奈美さんに言いました。

 「いっこね、 まだ、このお店を続けたいの。 それで、よしくんにもお客さんとして手伝ってもらってお店を盛り上げたいの」

よしくんは、いっこがそんなこと考えていたなんて、驚いたし、すごく嬉しかったのです。

奈美さんは、いっこのその言葉を待っていたかのように、すぐに言いました。

 「そうだったんだね。 なるほど。 それでよしくんは、どうするつもり?」

急に振られたよしくんは、どぎまぎして、

 「いっこが、そうしたいんなら、ぼ、僕は、喜んで、お、お手伝いします」

いっこは、下を向いて、にこにこしています。

奈美さんは、にこりと微笑むと、

 「分かったわ、 よしくん、 いっこをよろしくね」

そう言ってタクシーを呼ぶと、そそくさと帰りました。

奈美さんは、まるで、いっことよしくんを縁結びするかのようでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る