第5話 伝説の中の二人

 今夜も、よしくん一人でした。

いっこは、昔からしりとりが好きでした。

一緒に歩いていて、お互いに会話が途切れた時、しりとりを始めるのでした。

雌岡山の木々がざわざわと音を立てます。

風が吹いています。

雨が降り出したようで、いっこは提灯をしまいます。

まだ、暖簾は出ていますが、いっこが、よしくんの隣のカウンター席に座りました。

よしくんは、小田巻き蒸しを食べ終わり、いっこに聞きました。

 「いっこ、しりとりでも始めるの?」

いっこは、首を横に振ると、

 「違うの、しりとりじゃなくて、いっこの話に続けてくれる?」

 「うん、分かった」

いっこが始めます。

 「いっこのお店があるのは、雌岡山」

雌岡山と出れば、雄岡山です。

よしくんも話を続けます。

 「そして、金棒池と大皿池を挟んで雄岡山」

いっこは、にこりとして、

 「神話では、雄岡と雌岡は夫婦の神で、雄岡が小豆島の美人神に惚れ、雌岡の制止を振りきり会いに行ったのね」

よしくんは、この地にそんな歴史があることを知りませんでした。

でも、人間臭い神様だな、と思わずにはいられなかったよしくんは、笑いながら、

 「神様も浮気するんだー」

と、言いました。

すかさず、いっこが悲しそうに言います。

 「でも、途中で淡路島の漁師に弓で撃たれてしまうの」

よしくんは、慌てて言います。

 「よしくんは、いっこと夫婦だったら浮気なんてしないよ」

いっこは、徳利を手に取ると、よしくんを覗き込むように、いたずらっぽく、

 「だったらいいんだけど、 今もう、 いっこと浮気しているんじゃないの?」

よしくんは、盃をあおり、憤慨したように言います。

 「そんなことないよ。 独身だから」

いっこは、きょとんとしましたが、暫くすると、二人は、顔を見合わせて笑いました。

よしくんは、いつまでも、この細やかな幸せの続くことを願いました。


今がしあわせなら、それでいい。

先の事を考えてもどうにもならない。

以前、いっこが、よく言っていたことは、にこにこしながら、

 「いっこは、楽しいことだけ考えているの」

でした。

だから、よしくんも楽しいことだけ考えることにしました。

でも、暗くなりがちな、よしくんは、不安を心の隅に押しやるしかなかったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る