第3話 三味線の音
その日もお客さんは、よしくん一人でした。
「今夜は、 ぶり大根と、 もう一品…」
いっこは、にこにこしながらカウンターの奥から三味線を持ち出して来ました。
そして、三味線で都々逸を聞かせてくれました。
よしくんは、いっこが学生のとき上方落語をやっていたことを知っていましたが、三味線を弾くことが出来るとは思いませんでした。
静まり返った雌岡山の麓にいっこの三味線の音が響き、神出の神々もいっこの可愛い声に聞き入っているようでした。
ペンッ、 ペンー、 ペン、 ペン、 ぺーンッ…
いっこは、有馬温泉で、芸名を浪漫という芸子さんをしていたこともあったらしいのです。
有馬温泉でいっこに何があって、どうして、この神出の地に流れて来たのだろうか?
よしくんは、いっこがこのお店にいることを不思議に感じましたが、いっこの過去については知らない方が良いようにも思いました。
今こうして、いっこと毎晩逢うことが出来て、いっこにお酌してもらえる幸せを失うようなことはしたくありません。
よしくんが、三味線の音とお酒に酔い、良い気分になってきたころには、夜もふけてそろそろ看板です。
お店を出て暫く歩き、名残惜しく振り返ると、いっこが提灯と暖簾をおろしていました。
よしくんが小さく手を降ると、いっこも小さく手を振ってくれました。
よしくんは、歩きながら考えます。
いっこと再会出来て、47年前のいっこへの恋心をゆっくりと辿っているのだろうかと。
よしくんは、静まり返って真っ暗な夜道を駅に向かって一人歩いて帰ります。
すると、よしくんの前を一匹の狸がスーッと、横切って行きました。
よしくんは、いっこの学校からは、メールの返信が来ていないのにいっこから留守電の連絡があったことを不思議に思っていました。
いっこは、実在しているのだろうか?
いっこは、狸なのか?
小料理屋は、木の葉?
いや、そんなことはありません。
今夜も美味しい料理を出してもらい、三味線まで聞かせてくれたんだから。
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