Formula-U

Φland

P1

 もう一度マシンに乗れるなら何だってしてやると本気で思ってた。前言撤回。こんなことになるなら遠慮した方がよかったかも。



 企業惑星ネイピア。大気圏(空気中に含まれる分子はほとんど全部二酸化炭素)の外まで届く超高層ビル群が所せましと立ち並ぶ、無人の星。重力は地球の約1/4で、ビル特有の突風が常に吹き荒れている。


 ネイピアの市街地サーキットは全長4.774キロ。直線と、事実上の直線が合わせて4つある。サーキットの中盤にはタイトなブラインドコーナーがあり、集中力を欠けば壁に突撃する。


 レッドキングのガレージにいるメカニックは全員、頭までを覆うEVAを着こんでいる。だけれども、彼らがマシンに直接触ることは少なく、大方の作業は天井から伸びるロボットアームが行っていた。ガレージの後方と左右の壁の一部はガラス張りになっていて、ロボットアームを操作しているメカニックはそこから目視とカメラ映像、外にいるメカニックからの指示をもとにマシンをセットアップしている。


 レーシングスーツに身を包んだ俺は、ヘルメットを首元の留め具にしっかりととめてエアロックへと向かった。エアロックがシューと鳴らなくなると、ようやく中の人間は外に出ることを許される。この待つ時間が毎回退屈だった。でも、外のガレージにはピカピカに磨かれた俺のマシンがある。そして俺はまたそれに乗れる。そう考えただけでいくらでも待てる気がした。


 外には期待通り最高速390キロのスーパーマシンが鎮座していた。シルバーに黒のラインが格子状に入ったカラーリングは頑強な岩を思わせる。


 EVAを着こんだメカニックの肩を叩き挨拶を交わす。メカニックとは無線が通じてないので目とジェスチャーだけが頼りだ。俺が親指を立てると、メカニックもゆっくりと腕を上げて辛うじて親指を立てた。俺はマシンの方を指さす。「仕上がりはいかが?」メカニックはずんぐりとした頭を斜めにして、首を傾げた。「いまいちですな」


 俺の経験からいって、最初からマシンが絶好の状態になることなんてない。だからこそ練習走行があるのだ。走って確かめて、改善していく。すべては決勝で勝つために。


 マシンに乗り込んだ俺は背中のプラグをシートにつないだ。ステアリングのディスプレイに『ドライバーを確認』と表示される。その下にあった『承認』ボタンを指で軽く押すと、スーツとマシンのシステムが同期し始める。首元から新鮮な空気が昇ってきて、呼吸が楽になった。


 ここでしばし解説を。マシンのコックピットは非常に狭い。大人一人がギリギリ入れる大きさで、まるで余裕がない。そんなところにバカでかいEVAでなんか乗り込めるはずもなし。そこで、ドライバーは最低限の耐圧スーツだけでコックピットに乗り込み、マシンから直接酸素をもらう方式が取られている。耐圧スーツのみの最高活動時間は七分だ。勘のいい方ならもうお分かりかと思うが、事故を起こしてマシンが故障し、七分以内に救助が間に合わない場合、ドライバーは窒息して死ぬ。つまり、奴隷バー、おっと、ドライバーはマシンと一連托生なのだ。


「あー、あー、聞こえるか?」チーム代表のキースが無線を使ってきた。

「聞こえてる。確認はいらない」俺はステアリングのつまみをあちこちいじりながら受け答えをした。

「そうか。ならいい」

「なにか用か?」

「お前が乗ってくれたことについて、まだ感謝を伝えてなかったと思ってな」

 全身の毛が逆立つ。死地に送り込んでおいて感謝とは、優雅なもんだ。「いえいえ、こちらこそまた乗せてくれてありがとうございます。わざわざどうも」

「そう嫌味を言うな。いいか、危険を感じたらすぐにガレージに戻ってこい。奴らは何をするか分からん。コース上で仕掛けられたらこっちは打つ手がないからな」

「了解。寂しくなったらガレージに帰ってくるよ」


 エンジニアからゴーの指示が出た。俺はアクセルを踏み、マシンをピットレーンに向かわせる。小気味いいモーター音が耳に届く。ピットレーンからはネイピアの夕焼けを拝むことができた。空まで覆うデカい真っ黒なビルの隙間からレーザーみたいに青白い日の光が差し込んでいる。(惑星ネイピアは太陽系の火星とよく似ている)微かに見える空は綺麗なウルトラマリンだ。


 ピットレーンをモータースポーツ的徐行運転で進んでいると、ガレージから飛び出してきた一台のマシンが俺の前を塞いだ。クリアな赤に塗装したボディが夕日を反射してくる。

「チッ。ピグモンのドライバーにブレーキ踏まされたぞ」俺は無線に向かって文句を言った。

「確認した」エンジニアは素っ気なく返す。

 練習走行で優先すべきは自分たちのマシンを最高の状態にもっていくこと。割り込みはイラつくが、いつまでも突っかかるわけにもいかない。でも、相手はピグモンだ。明らかに挑発めいている。

「乗るなよ。レイ」見透かしたエンジニアが先回りして諫める。

「了解」今度はこっちが素っ気なく返した。


 最初の一周はゆっくりタイヤを温めながら走る。これをアウトラップという。そうして一周し終わると、最終コーナーの立ち上がりから一気に加速してアタックに入る。例に漏れず俺もその順序をたどった。エンジニアの指示で何台か前に行かせた(トラフィックを避けるため)あと、ホームストレートを全速で走り抜ける。


 はっきり言って最高の気分だった。高速で後ろに飛んでいく景色が、またこの場所に戻って来れたことを実感させた。でもそれも長くは続かなかった。第一コーナーを曲がるために思い切りブレーキを蹴り飛ばした瞬間、ガクンとシートが落ちた。左フロントのタイヤがバーストしたのだ。銃が暴発したような破裂音が響き、ゴムの破片が散らばる。それを目の端に捉えるより速く、俺の腕はステアリングを捻りマシンを安定させようと努めた。マシンはフロアを擦りながら直進し、運良くエスケープゾーンへと飛び込む。ある程度減速しきったところで、マシンはフロントから壁に突っ込み停止する。

「大丈夫か?」エンジニアの声が耳元で聞こえた。

「俺は平気だ」脱力して答える「すまない。フロントをダメにした」

「君が無事ならそれでいい。火はでてないか?」

「タイヤがバーストしただけだ。火はでてない」

 惑星ネイピアの大気は二酸化炭素だから火はでないって?とんでもない。例え大気がなくても爆発は例外なんだ。ああ恐ろしい。


 それにしても新品のタイヤがあのタイミングでバーストするなんて、普通じゃあり得ないな。これも奴らの仕業か?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Formula-U Φland @4th_wiz_u

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ