第一章 第二話 [近道の罠]
第二話[近道の罠]
エルンは翌朝、体を引きずるように起き上がった。
顔をしかめると、体中に感じる重さと痛みが、昨夜の出来事をすぐに思い出させた。
目をこすりながら、彼は丘の向こうに広がる見知らぬ街をぼんやりと眺める。
村の外に出たことのないエルンにとって、それはかすかな希望の光だった。
もしかしたら、家族があの街にいるのかもしれない。
そんな考えが彼の心に浮かび、心拍がわずかに速くなる。
街へ向かう決意を固めたエルンは、一番の近道だと思った道を選び、森へと足を踏み入れた。
しかし、森の中は想像以上に暗く、鬱蒼とした木々が日差しを遮っていた。
枝葉が絡み合い、森の外からでは分からなかったが、そこには何か異様な気配が漂っていた。
風も止み、ただ不気味な静けさだけが森全体を包んでいる。
エルンは少し緊張しながらも、足を止めずに進む。
父の手帳に書かれていたことが、ふと頭をよぎった。
「森にはゴブリンのような小型の怪物が潜んでいる」と。
その言葉を思い出すと、背筋がぞくりとした。
しかし、進まなければならない。
エルンは家族を見つけるために、進む以外の選択肢がなかった。
森の中をしばらく歩いていると、突然何かが彼の目の端にちらついた。
エルンは立ち止まり、音の出た方向を慎重に見つめる。
茂みの中で何かが動いている。
瞬間、全身の緊張がピークに達し、心臓が速く脈打つ。
息を殺しながら、エルンは慎重に後ずさりしようとしたが、遅かった。
茂みから飛び出したのは、目がぎらぎらと光る小さなゴブリンだった。
ゴブリンは鋭い歯をむき出しにしながら、手に持った粗末な石の刃を振りかざし、エルンに向かって突進してきた。
エルンは慌てて逃げ出したが、森の中では足元が不安定で、何度も転びかけながら必死に前へ進んだ。
心臓が破れんばかりに鼓動し、息が切れる。
しかし、後ろから聞こえてくるゴブリンの足音は、彼を逃がしてはくれない。
なんとかゴブリンの追跡から逃れたとき、エルンは全力を尽くし、もはや動けなかった。
足は重く、喉は乾き、体中に汗が滲んでいた。
やがて、彼は一歩も進めなくなり、膝をついて息を切らせる。
自分がどれだけ逃げたのか、どこにいるのかすらわからない。
顔から地面に倒れ込み、手に刺さる小石の痛みを感じながらも、立ち上がる余裕はなかった。
もう走れない、そんな絶望が彼の胸を覆う。
後ろから迫るゴブリンの気配を感じながら、彼は荒い息を吐きつつ、ただそこに横たわったままだった。
すると突然、ゴブリンの甲高い叫び声が響き渡った。
エルンは驚いて振り返ると、ゴブリンが宙に浮いている。
いや、何かに捕まっていたのだ。
目の前で暴れるゴブリンの姿が、何か透明なものに絡み取られているのがわかる。
エルンは目を凝らしてその光景を見つめた。
巨大な蜘蛛だった。
見えたのは、動きの速さによって一瞬だけ捉えられた、異様な大きさの足と体。
それがゴブリンを捕まえ、器用に糸で巻き取っている。
まるで小さな虫を捕らえるかのように、ゴブリンは抵抗もむなしく次第に動かなくなり、やがて蜘蛛は音もなくその場を立ち去った。
エルンはその光景に息を呑んだ。
ゴブリンが襲われたことで一瞬の安心感が胸をよぎったが、それ以上に恐怖が彼を襲った。
今まで見たことのない大きさの蜘蛛――そんな生き物がこの森に潜んでいる。
エルンは冷や汗をかきながら、こんな森に入ってしまったことを激しく後悔した。
それでも、彼はまだ動けなかった。
心臓が速く脈打ち、足は力を失ったままだった。
恐怖と疲労が重なり、森の異常さを実感する中で、彼は次に何をすべきか考える余裕すらなかった。
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