第16話:「文豪」の本を出版するために
出版社)
ここは東北の小さな出版社「央端社」。「文豪」がWEB小説で殺人予告の小説を投稿した後に原稿を送りつけてくる出版社である。今日も狭いオフィスには編集長の小室と新人編集員和田がいた。
「編集長、『文豪』の殺人も続いています。しかも、毎月1回続いている状態です。今回で4回目。これは急げば出版できるんじゃないでしょうか!?」
少し前に編集員和田と編集長である小室は『文豪』の原稿を出版できないか話し合ったことがあった。出版できない理由の一つが旬を逃してしまうということがあった。頑張って出版しても、人々の関心がそれてしまっていたら本は売れない。
「どんなに急いでも、印刷とスケジュールがある。5ヶ月……4ヶ月が可能……なのか?」
以前とは違って小室もなんとか出版したい様子だった。それならば、と和田はのりだした。
「出版できない理由は瞬を逃すだけじゃないですよね?」
「犯罪者が服役して、出所した後に暴露本というか、告白本を書いたことはある。近所の子どもの首を切断した少年の本やフランスで起こった猟奇殺人で犯人が日本人だったもの、暴力団の幹部がその世界の裏側を描いたものもある。愛犬家の連続殺人や宗教の教祖の予言本もこれに当たるかもしれない」
編集長小室はなにか資料をぺらぺら捲りながら続けた。
「しかし、現役の連続殺人者が自らの犯行の裏側について書いた本は存在しないと思われる。そもそも、遺族のことを考えるとそれはタブーだと指摘されるだろう。一番の問題はここだな」
今の世の中「不適切」とか「マナー違反」とか法律やルール以外にも不確かな決まりがあり、あやふやな線が引かれている。線の上にいる間はまだいいが、いつの間にかその線からはみ出ていると袋叩きにあうのだ。そして、袋叩きにするときはみんなその線から堂々と出てくる。
例えば、先日ある事件が起きた。ある芸能人が別の芸能人に暴言を吐いたのだ。それがX(旧ツイッター)上だったから一般人も多く目にした。そのためフルボッコに袋叩きだった。
その書き込みは、暴言は元より、人格否定や元々嫌いだったなのどの存在否定などそれはそれはひどいものだった。しかし、それらは「正義」として誰も叩かなかった。悪を挫くためなら悪は許される。まるでそうとでも言っているようなものだった。
「被害者の氏名、住所、年齢、職業、実際の殺害方法、殺害場所の選び方、殺害方法の選び方、凶器……なにを伏せれば本として成立しますか!?」
世の中の人に叩かれなくて済むだろう。和田は「文豪」の文章を一部伏せることで世間から叩かれないことを考えた。
「……いや、できるだけ載せよう。さすがに名前や住所は個人情報だからはずすが、殺害方法など」
「それじゃあ、世間から叩かれるんじゃ……」
「だろうな。その根底にあるのは『犯罪者と組んで金儲けすんじゃねえ』だと思う」
「……ですね」
企業とはお金を稼いでなんぼだ。それをやめたとき企業は倒産してしまう。
「叩かれるだけ叩かれるように演出しよう。炎上商法だ。そして、あとからその利益の全てを被害者救済に充てるように元々設定していたことが分かるようにする」
炎上商法は精神的にはかなり追い込まれる商法だ。しかし、文句を言うのは10割の人ではない。6割の人間が叩き、3割は擁護にまわる。1割は中立の立場。炎上したものがによってこの割合は変わるが、お祭り騒ぎが好きな人がどんどん参加してくるので、結果的に多くの人に情報を拡散でき、一定数の擁護派を獲得できるので普通にプロモーションするより安く広く効果的な結果が得られるのだ。ただし、火の消し方を間違えると焼畑農業のように後にはなにも残らなくなる。いわば諸刃の剣なのだ。
「炎上商法……。それで実は利益を取っとくってことですか? バレたらそれこそ炎上しませんか!?」
「いや、ほんとに全額被害者救済に充てよう。話題になったら、当社の闘いと葛藤を描いた別の本を出す。1冊目が話題になればなるほど2冊目が売れるぞ!」
「そんな方法が……。でも、誰が2冊目の原稿を書くんですか?」
この作戦の場合、出版社である央端社はあくまで「文豪」とは対立姿勢を維持しないといけない。そうなると、2冊目は内容的にも「文豪」ではダメなのだ。
「和田……お前書けないか? 出版社に入社するくらいだし、本好きだろ? 文章も書いてたんじゃないか?」
「……まあ、それは……」
「大丈夫だ。この本は文章になっていれば売れる。内容は問わない」
「……分かりました。やります。やらしてください」
和田は内容に期待されていない本の原稿でも全力で書いて面白い本にしてやろうという静かな情熱を心の中で燃やし始めた。
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