第16話:被害者家族の話


 警察)


「どういうことだ? ドローンってあのおもちゃだろ?」


 パトカーでベテラン刑事の飯島と新人刑事の海苔巻あやめのコンビは現場に着くまでパトカーで話をしていた。目的地は宇崎が爆死した現場の室見川の川べりの草むら。


「そういうのもあるすね。今回はおもちゃレベルのドローン12機が襲ってきて頭に激突して爆発したんすよ」


 今回も運転はベテラン刑事飯島だ。まだまだ新人には任せられないようだ。


「バカ、おもちゃは爆発なんかしないだろ」

「それが、今回のおもちゃは爆発物を抱えて飛んでたんす。いわば、殺人ドローンの束に襲撃された感じすね」

「おいおい。それは日本の話なのか!? いつから日本はそんな物騒な国になったんだよ」


 飯島がイケボで言った。


 そもそもドローンは蜂を指す言葉だった。近年格段と進化をとげ、カメラを保持している物も少なくない。その他、GPS内蔵のものや特定のターゲットを自動追尾するものまで市販されている。3000円以下のおもちゃレベルのものから、数万円、数十万円するプロレベルのものまで存在し、空撮の他に農業との連携でカメラの画像をAIが捉え、虫がいるところに自動的に農薬を散布するなどの進化を続けていた。それ以外にも運送業やデリバリー業界は無人の荷物運搬を研究中だ。


「お疲れ様です」

「お疲れ様です。科捜研の……」


 現場に着くと、飯島は知った顔を見つけた。科捜研の沢口靖枝だ。すごく惜しい名前なので覚えていた。


「沢口です」


 沢口はキリリとした顔で飯島たちにあいさつした。


「科捜研は現場にもこられるんですか。てっきり現場は鑑識が担当かと……」

「たしかに鑑識が採取した証拠品を調べることが多いですが、分からないことは現場にいく事もあります。グリッソム博士もそうされてます」


 飯島が話の途中で海苔巻あやめに顔を近づけて訊いた。


「グリッソム博士って誰だ? 知ってるか?」

「たしか、アメリカドラマのCSI……科学捜査のすごい人す」

「なんだドラマオタクか」


 沢口に聞こえないように悪口を言った。その表情がすごく真面目なので、周囲からは単に悪口を言っている様には見えなかった。イケメンの得なところである。


「被害者は頭に極めて近いところで爆発物が爆発してますね。一つ一つの破壊力はそれほどないみたいですが、少なくとも5つはぶつかって爆発したみたいで頭蓋骨を破壊して一部脳挫傷を起こしてます。恐らく直接的な死因はこれでしょう」


 さっそく現場検証が始まった。科捜研の沢口はボイスレコーダーを構えて、見たものの考察を述べて行く。少しでも手掛かりが欲しい飯島と海苔巻あやめは邪魔しない程度に近づいてその声を聞いていた。


「つまり、なんだって?」


 また海苔巻あやめに顔を近づけて訊いた。飯島はそれほど理解力が高いわけではないようだ。それは元々の知能の問題なのか、それとも歳と共に新しい情報を受け入れられなくなってきたのか、それは分からない。


「小さい爆弾の合わせ技で脳みそバーンす! 1個1個は小さいから周囲の被害はほとんどなくてピンポイントに被害者だけを殺害してるっす」

「現実にそんなのが巷に溢れてるのかよ」

「溢れているかどうかは知りませんが、今回はそれが使われました」


 現場検証がある程度終わると、ビニール袋に入れられたスマホが1台あった。飯島はそれに着目した。確認して良いか近くにいた鑑識と科捜研沢口に許可を取ってビニールの上からボタンを押す。


「あれ? 開かないぞ?」

「セキュリティですよ」


 飯島はスマホの中身を見ようとしたらしい。ところが、セキュリティロックが解除できずにスマホは内容が見れなかった。


 海苔巻あやめは再度鑑識と科捜研沢口に許可を取って「宇崎の身体」を借りた。死体となった宇崎の顔の前にスマホを持ってきて、電源ボタンを押したのだ。しかし、画面は開かない。


「おっと……」


 そう言うと、閉じられた宇崎のまぶたを少し開け、瞳が見えた瞬間スマホの画面は壁紙を表示した。


「着歴すよね?」

「分かってんならすぐ確認しろ」


 昔と違って、うまく機械類を使いこなせない飯島は面白くなかったらしい。


『電話に着歴なし』


 それを確認すると、飯島は鑑識と科捜研沢口に任せて現場を離れることにした。


「家族に話を聞きにいくぞ」

「ういーっす」


 ***


「ご主人は何時ごろ家を出られましたか?」

「11時頃だと思います」


 今度は宇崎の家。福岡市内ではお金持ちの部類に入る一戸建ての家。宇崎は会社員と言ってもリフォームの営業の管理職らしい。一通りお決まりの事を聞いた後、飯島は聞きたい事を訊いた。


「ご主人最近なにか変わった様子は?」

「いえ、特に……」


 ほとんどの場合この答えが返ってくることを知っていた。


「昨日は旦那さんが帰ってこないのを変だと思わなかったんですか?」

「いえ……思ったんですが、朝に私が失敗して帰ったら咎められるので……」


 ソファに座った奥さんは目を逸らす様に答えた。


「どんな失敗を?」

「……朝食を作ったんですが、あの人はゆで卵は半熟が好きで、かた茹でを出してしまったので作り直しを……」

「随分厳しいんですね。それで作り直しを?」


 飯島としては、「なんだその程度か」と思ってしまった。ところが、そこから少し思わぬ方向に話が進んだ。


「はい、パンも焼き直して、コーヒーも入れ直して……」

「それはまた……。旦那さんのことを愛していたんですね」

「いえ……実は……ずっと離婚を考えていていました」


 リビングで話を聞いていると、ドアの隙間から小学生くらいの子供が見えた。離婚だなんだの話はまずいと判断した海苔巻あやめが子どもを子ども部屋にもどそうとする。


「んー? 子ども? お姉さんとちょっと遊ぼうか!」


 そう言いながら、海苔巻は飯島の顔を見た。許可を求めたのだ。飯島もその方がいいと判断したのか、奥さんとの話を止めずに首だけうなずいて了承した。


(ふるふる)子どもは海苔巻あやめの提案に黙って首を横に振った。


「お姉さん悪い人じゃないよー」

「……」


 海苔巻あやめの笑顔にも不安そうな表情の子ども。彼女は最近で一番人懐っこい顔をして子どもを手なずけ子ども部屋にしけこんだ。


 一方、リビングでは事情聴取が続いていた。


「旦那さんが帰ってこなくて連絡はしなかったんですか?」

「私はLINEとかできなくて……。電話は……その……怖くて……」


 奥さんの怯え方は普通じゃなかった。普通の妻なら旦那が死んだと聞くと狼狽えるものだ。ところが、彼女の場合怯えていた。叱られるといったその叱る側の対象はもう死んだというのに、それよりも叱られるということから解放されていない。飯島は過去にこういう人種と会ったことがあった。それはDV……虐待を受けていた人間だった。


 ***


「どう思う?」


 宇崎の妻の事情聴取を終え、二人の刑事はパトカーで次の現場に向かっていた。


「奥さん隠してましたけど、腕とかアザが在りましたよ? あれってDVじゃないすかー?」


 現場でもそんなこと一言も言わなかった海苔巻あやめは重要なことを見逃さないでいたようだ。


「まさか、あんな優しそうな奥さんを……」

「子どもも腕とか背中とか痣がありましたよ?」


 彼女は部屋で子どもの面倒を見ていた。整理整頓された子供の部屋を見て、逆に異常さを感じた。小学校中学年くらいならば部屋は散らかり放題が普通だ。机の上など言われるまで片付いていないのだ。ところが、宇崎の子どもの部屋はきちんと整理整頓されていて、子どもらしくなかったのだ。


「なんだよ、被害者はクソ野郎かよ。じゃあ、犯人はあの奥さんか!? DVを恨みに思って……」

「あんな気の弱そうな人なのに……。それに、あの奥さんがドローンを12機同時に操縦できそうっすかー?」

「うーん……無理だろうな。やっぱり……」


 分かった事と言ったら、宇崎という会社員が死んだこと。そして、それが「文豪」が予告した殺人内容と合致していたことだ。


今朝はもう1話投稿なのですが、試験的に7時に公開します。

よろしくお願いいたします。

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