第6話:出版社の対応
央端社)
ここは東北の小さな出版社である央端社。自社ビルなどではなく、雑居ビルの一画を賃貸している小さな部屋の小さな会社である。
「編集長、2本目の『文豪』の原稿ってどうします?」
央端社の編集室で編集員の和田は編集長小室に訊ねた。
「なんだっけ?」
「ほら、1か月くらい前に少し話題になったじゃないですか。自殺に見せかけて殺したって原稿を送ってきた……」
「ああ……」
この時点で文豪の連続殺人事件はまだ連続ではなかったし、世間でもそれほど話題ではなかった。弱小出版社としてはそれに時間を割く余裕はなかった。
「警察に届けますか? ほら、一応確認は取れませんでしたけど、1本目は自殺に見せかけた殺人ってことで一応ちょっとだけニュースになりましたし……」
「そうだな。昼ご飯食べた足で近所の交番にでも持って行ってくれ」
央端社編集長小室泰六は正直、この時点ではまだどうでもいいと思っていた。
「ちゃんと交番に行った時間は別に休憩時間をもらえるんですよね!?」
「バカ、昼休みは貴重なんだ。交番に届けるくらい2秒で済ませろ」
「ムリでしょ。前回も30分くらいかかったし!」
編集社と言っても普通の企業。昼休みの時間は貴重なのだった。昼休みは日本全国ほとんどが12時からと相場が決まっている。そのため、周囲のどの店に行っても混んでいることは避けられない。美味しい店や、価格が安い店など、和田が行きたいと思った店は軒並み行列ができていて、ランチが目の前に出てくるまでの時間が長いのだ。
***
「……はい。で、これって何ですか?」
央端社編集員和田は会社の最寄りの交番に例の原稿を届けに行った。ちゃんと印刷して見やすい様にページ順に並べて、送ってきたIPの情報なども合わせて印刷してきたのだ。できる限りの事はして来たのに、交番勤めの警察官にはその情熱は伝わらなかった。
和田はせっかく届けに来てやったのに、警察官がめんどくさそうに対応しているのを見て一刻も早く帰りたいと考えていた。話した感じもそれほど優秀な人には見えなかった。全ての警察官が有能でなんでも理解してくれるような人という訳ではない。どっちかっていうと、論理的に考えることができない感じで和田は自分の方が優秀なのでは……と感じていた。
交番ではなく、もうちょっと大きな警察署に届ければよかったのだけれど、会社の近くにはそれが無かった。しかも、昼休みの間中に行って、届けて、説明して、完了しなければならなかった。その上、自分の昼食も食べる必要がある。どう考えても1時間で完了する内容ではないと予想できた。だから、和田は「やった」という実績だけ作ろうと思い、近所の交番を選んだのだ。
警察官は警察官で、来た以上は対応しないわけにはいかないし、証拠を受け取るには書類など記録を残す必要がある。しかも、保管する必要が出てくる。それを紛失でもしようものなら問題になるのだから。証拠は受け取らないのに限るのだ。だから、相談も証拠もそれら全てをめんどくさいと考えていた。
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