第53話 威厳のある奴の内心は威厳じゃない

「ここが、エルフの里……」


 レスティと共に霧の中を通り抜けると、目の間には幻想的な光景が広がった。


 何百年もの時を刻む巨木たちが、自然の要塞のようにそびえ立ち、その間には木の枝で編まれた美しい橋が風に揺れている。


 川のせせらぎと、どこからともなく響く竪琴の音色が森全体を包み込み、花々が奏でる香りが漂う。


 どことなく空気が冷たい。寒いというわけではないが、その冷たい空気がこの神秘的な光景と先程の迷いの霧を生み出しているのだろう。


「こりゃ、人間を入れないわけだ」


 ここに人間を入れたくないエルフの気持ちがよぉくわかる。例えるならば、潔癖症な人が何日も風呂に入っていない奴を部屋に招くが如く所業。


「さっ、里長のところに行きましょう」


 彼女に連れられて俺達は里長の下へと向かうことにする。


 里長の家は、里の中央にそびえる巨大な大樹の中にあった。幹の表面に浮かぶ古代文字のような模様が、静かに淡い緑の光を放ち、見る者に畏敬の念を抱かせた。その根元からは泉が湧き、澄んだ水が周囲を優しく流れている。


 扉は大樹の一部のように見えたが、近づくと静かに開き俺達を招き入れてくれる。


「どうぞ、中へ」


 まるで自分の家のように堂々と入って行くレスティに続いて、俺は他の王族の家にでも入るように慎重に入った。


 中に入るとその周囲には、精霊の姿を象った彫刻が施されており、彼らの庇護の下にある家であることを示していた。


 大樹の内部は驚くほど広く、天井に設けられた小さな穴から差し込む光が部屋の中心に置かれた水晶の柱に反射して柔らかな光を放っていた。


 壁には精霊の姿を象った彫刻が施され、古代の言葉が静かに輝いている。


 里長の玉座は、大樹の根が絡まり合いながら自然に形作られたように見えた。その背後には、長き歴史を刻む古代の巻物が並ぶ棚があり、星を象ったシンボルが柔らかな光を放っていた。


 そんな玉座にはピンクの長い髪のエルフが座っていた。どことなくレスティに似ている気がする。


「レスティ。人間を連れ込むとはどういう了見ですか」


 若々しくも威厳のある里長が厳しい一言をレスティに浴びせた。


「申し訳ございません。ですが彼は勇者の末裔。どうか彼の願いを聞き入れてはくれませんか?」


「勇者の末裔?」


 ブルーの瞳が俺を異物を見るように見つめてくる。


 ジッと数秒見つめると、そのまま怪しい瞳を保ったままに一言。


「勇者の末裔にしては魔力がないに等しいのですが……」


 脳筋ですみません。


「ですが、その顔付と雰囲気は紛れもなく勇者様と同じ……ふむ……」


 半信半疑と言った様子の里長が、難しい顔をしながら聞いてくる。


「しかし、勇者の末裔がなぜエルフを捕まえてこんなところまで来たのです? 世界は平和になったはずですし、人間がエルフの力を欲することもないでしょうに」


「はい。水のオーブをお借りしたく来ました」


「水のオーブ……?」


 そう言ったっきり、里長の時が止まってしまった。


 数十秒固まっているなぁとか思っていると、玉座から立ち上がる。


 トップモデルみたいな歩き方でこちらに向かって、正しくはレスティの方へとやって来る。


「レスティ、水のオーブってなによ。そんなもの知らないんだけど」


 こそっとレスティに耳打ちしている声がこちらまで聞こえてくる。


「あんな威厳ありありの感じを出して、知らないとか言ったら勇者様に、『このおばさんあんなドヤってたのに無知なんだ、乙』って言われちゃうよ」


「大丈夫。フィリップさんはそんなこと思わないよ。お母さんのことも口説くつもりだから」


「あらやだ。もしかして熟女好き? 私、四五五歳だけど大丈夫かな?」


 超熟女親子丼ってか。見た目が綺麗過ぎるからいけんことないけどさ……。いや、いかないよ? ラスボスの彼女とそのお母さんに手を出すとか絶対しないわ。


「じゃなくてお母さん。多分、水のオーブってあれだと思うんだけど……ほら、お風呂の……」


「え? あれ? あれが欲しくてわざわざ来たの?」


「多分だけどね。良いでしょ? 貸してあげても」


「いや、でもね、初手でなんか強キャラエルフ感を出したのに、もう引っ込みがつかないんだけど」


「引っ込んでいこっ。そこは素直になろうよ」


 親子の会話が繰り広げられている中、「あのー」と声を出すと、ビクンと震えあがる。


 歳を取ると声量がわからなくなるって言うよね。この人達も自分の声量がわからなくなっちゃったみたい。


 レスティのお母さんが、そそくさと玉座に戻ると、コホンと咳払いをして仕切り直す。


「水のオーブをお貸しすることは構いませんが、私はまだあなたが勇者の末裔だと信用できないのです」


「すみません。キャラがブレブレで話が入って来ません」


「最近、迷いの森にてコカトリスが暴れております。勇者フィリップ。あなたがコカトリスを倒すことができたのならば、今回の件を考えましょう」


「あ、もう俺にはそのキャラでいくのね」


 はぁとため息が出てしまう。


 まぁたお使いイベントだ。


 しかし、水のオーブを手に入れるためだ。


 やるしかないのだろう。


 ♢


 つうわけでさっきの霧だらけの森にやって来た。もちろん、俺だけじゃ迷うのでレスティにも同行を願った。


「完全に厄介事を押し付けたよね」


「すみません」


「いや、ま、ただで水のオーブを手に入れられるとは思ってなかったけどさ」


 それにしてもコカトリスか。


 こいつは原作にも出て来ていたボスだ。


 正直印象にも残らないザコボスだ。


 どこで出て来ていたかなーと考えていると、突如目の前に石像が現れた。


「あ、そうそう。原作もこんな感じでリーシャが石像にされて……って、リーシャ?」


 リーシャは茶髪の短くて活発な召喚士女子。石像になってしまっているので髪の色は石の色になっりまっているが、髪型と顔が明らかに召喚士リーシャであった。


 おいおいリーシャ。全然成長しないじゃないか。お前、いつも石化してるよな。


 そしてその目の間には、ニワトリとヘビが合わさったような化け物が現れた。


 キャッシャアアアアアアアアアアアア──!


 コカトリスが現れた。

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エンディングで必ず死ぬ主人公に転生したのでなんとか生き延びてトゥルーエンドを迎えたい すずと @suzuto777

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