第47話 姑息な奴には回復魔法

 エルメスの賢者フラグを立たせる条件は、エルメスの好感度が高い状態で古代都市エルオシデーモナンに行くとモブ賢者が、「あなたは賢者の才能がある」と聞くこと。


 そして、世界の最果てにあるロイナーレルの塔を上った先の女神サラスヴァティより、ここまでのエルメスの苦悩と葛藤の人生を終わらせる知恵を授かって賢者となる。


 という流れのはずなんだけど。


「ヴァシュロン」


「なんだい、王子」


「本当にこここであっているのか?」


「間違いない。ここの最上階の人物に会えば、エルメスは賢者になれる」


「いやいや。ここ、『大魔法使いの塔』じゃねーか!」


 おかしいとは思っていた。


 世界の最果てに行くには飛空艇が必要だが、ヴァシュロンはずっと歩いていたから変だなぁとは思っていたんだ。


「そうだ。この、『大魔法使いの塔』でエルメスは賢者になれるんだ」


「うそつけ! なんで賢者になるのに使なんだよ! つうかもうここには授業で来たんだよ! 使いまわしをするな! 新しい塔を出さんかい!!」


「王子がなにに対してキレているのかはわからないが、間違いなくここでなれる。俺を信じてくれ」


「出会って秒の筋肉ヒーラーなんて信用できるか!」


『ぐごおおおおおおお!』


『テラヒール』


 ヴシュロンのHPが回復した。しかし、HPは満タンだ。


「これでも信用できないのか?」


「かすかすAIなんぞ信用できるかっ。帰るぞ、エルメス」


 時間の無駄だったな。さっさと帰って海の底へ行く方法を固めないといけないってのに。


「エルメス?」


 俺が帰ろうとしても、エルメスは大魔法使いの塔を眺めたまま動かなかった。


「王子様。わたし、なにかを感じます。なにか大きな魔力を……」


「それって、もしかして……」


 本当にこの塔を上った先でエルメスが賢者になれるってことなのか……。


「王子様。わたし、この塔を上りたいです」


 ううん。


「上ります」


 彼女の言い切るような物言いに俺は帰るのをやめる。


「わかった。共に上ろう」


「はい」


「俺もいるぜ」


「……ま、正直お前は優秀だからいてくれた方が助かる」


「ふっ。ツンデレかい、王子」


「うっせ。この作品はツンデレばっかだから間に合ってんだよ」


 ♢


 実際、ヴァシュロンが優秀というのは本当である。


「はっ! やっ! おりゃ!」


 大魔法使いの塔に入った瞬間だった。


 ここに巣食う大量の魔物達が俺達に襲い掛かってくる。


 授業の時は大勢の学生が押し寄せたから魔物も分割して戦うしかなかったのだろうが、今回は俺達の一グループしかいない。カモがやって来たと言わんばかりに俺達を四方八方から襲ってくるが、所詮ザコはザコ。


 ルカより授かったつばめの剣で片づける。


『スターシャワー』


 エルメスも得意の星魔法で応戦してくれる。彼女が大魔法使いの杖を動かす度に無数の星の粒が放たれ、大量の敵に降り注ぐ。


 しかし、数が多すぎる。


「がっ!!」


 一匹の魔物の攻撃を背後からくらってしまう。


「くそっ!」


 つばめの剣を振って魔物を撃退するが、背中には激痛が走る。


『ぐごおおおおおおお!』


 バンッと拳を合わせたヴァシュロンが魔法を唱える。


『テラヒール』


 俺の背中の傷が一瞬で治った。


「ヴァシュロンさん!」


 ヴァシュロンが回復魔法を唱えている間に、彼は魔物に囲まれてしまう。


 エルメスは心配した声を出したが、なんの心配もない。


「がああああああああああ!」


 ヴァシュロンはラリアットで暴れ出して、次々と敵を蹴散らしていく。


 そう。ヴァシュロンはHPと防御は低いけど、攻撃力が高い、攻撃的ヒーラー。


 回復魔法も攻撃力も優秀で、エルメスと同じくらいパーティに入れていた人は多いだろう。


「ぬおおおおおおお!」


『ギガヒール!!!』


 ヴァシュロンのHPが回復した。しかし、HPは満タンだ。


 あ、うん。やっぱりAIはかすかすなんだけどね。


 ♢


「ふぃ」


 塔に入って速攻襲われたが、余裕で蹴散らして一息つく。


 そりゃ、ここは中盤の塔だ。終盤前期くらいのレベルの俺なら命の危機は感じない。


 それに優秀なエルメスとヴァシュロンがいるからな。特に心配なく塔は上れるだろうが……。


「やっぱ、ここは使うよね」


 俺は塔の入り口辺りの壁を滑らすように触る。


「王子様。今回もえれべえたあを使うのですね」


「ああ。要は最上階に行けば良いんだ。過程や方法なんて──」


 俺はつばめの剣を壁に向かって振り下ろす。


「関係なかろう!!」


 バいいいいいいいン。


 剣が壁に弾き返されちゃったよ。


「ありぃ?」


 なにこれ? どういうこと?


 戸惑っているところで、声が聞こえてくる。


『ほっほっほっ。今日くらいは実力で上がって来なされですじゃ。勇者フィリップ様』


 聞き覚えのある声に口調。


 まさか……最上階にいるのは……。いや、まさかな……。


「王子様。声の導き通りに自分達の足で上がりましょう」


「ぬおおおおおおお!」


『ギガヒール!!!』


 ヴァシュロンが俺の頭を掴みながら回復魔法をかけてくれる。


 しかし、俺のHPは満タンだ。


「姑息な手を使おうとした頭をヒールしといたぞ」


「やかましっ!」


 くそ。面倒だが、実力で上がらないといけないらしい。

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