第7話 勇者であっても、ひとりの人間だから
バズテック城からケープコッド公国までは時間がかかるため、予め早めに城を出て良かったな。まさか、こんなイベントに巻き込まれるとは思っていなかったが……。
レヴィアタンは隠し召喚獣。確か、この世界の海の頂点に立つ伝説の怪物って設定だったな。
レヴィアタンのイベントは召喚士のリーシャが必須だったと思うが、これも俺が魔法学園に入学するのと、魔王が誕生していない影響で発動しちまったイベントなのだろうか。
──夜。
レヴィアタンを討伐するため、船乗りが出してくれた船に乗り込み、客室のベッドに寝転がる。
レヴィアタンのいる《ここらの海溝》ってのは時間がかかるため、レヴィアタンと遭遇するまではベッドにて休息を取る。
「寝れん」
バンッと掛け布団を蹴飛ばして起き上がる。
全然眠れん。眠くない。すげー目が覚めてる。
俺はなんとなく甲板の方へと足を運んだ。
「……すげぇ景色」
甲板に出るとつい声が出てしまう。
見上げると星が近い。プラネタリウムなんて比にならないくらいの無数の星々が輝いている。
水平線の彼方まで続く海に空が写り、まるで宝石の海みたいになっている。
「綺麗ですよね」
優しい声色で隣に立ったのはシャネルだった。
暗い世界に目立つ赤い瞳は、ルビーのように美しかった。
「眠れなかったのですか?」
彼女は覗き込むように首を傾げる。
「まぁな」
「そうですよね。いくらわたくし達が勇者の子孫といえど、伝説の海の怪物を前に眠れるわけありませんよね」
彼女は不安を否定するように首を横に振った。
「でも、わたくし達は世界を救った勇者の子孫。レヴィアタン程度余裕で倒せますよ」
彼女の手が震えている。この言葉がただの強がりだなんてことは容易にわかる。
「……」
ここで嫌われるような言葉を放った方がブレイブアンドレアの世界では今後楽になる。
でも、目の前にいるのはどうにも裏切りの勇者に見えず、ただ震える少女にしか見えなかった。
だから──。
「シャネル。勇者だからって恐怖することは悪いことじゃない」
俺は好感度の上がる方を選んでしまった。
画面の前だったらカルティエ派の俺は確実に好感度を下げる方を選んでいただろうが、この世界は画面の前の世界じゃない。今の俺に取っては現実世界だ。震えている女の子には優しくしないといけない。
「怖くなんて……」
「俺達は勇者の前にひとりの人間だ。神でも魔王でもない。勇者だって怖いものは怖い。だから仲間がいるんだ。仲間となら怖いのは半分こ。勇気は何倍にもなる。だから、怖かったらもっと俺を頼って良いんだ」
シャネルにとって一番刺さる言葉を放ってやる。
「そんなことを言ってくれるのはフィリップ様だけです」
シャネルは目を細め、宝石の海を眺めた。
「わたくしは幼少の頃から勇者の子孫ということで厳しい鍛錬を課されました。お前は勇者の子孫だからいつ魔王が現れても良いように、誰よりも強くなれ、と。周りなんて頼りにするな、と。勇者が恐怖なんて感情を持つな、と。だからわたくしはずっと孤独に鍛錬を重ね、誰にも頼らずに、ずっと……」
ルビーのような瞳から一筋の涙が出てきてしまう。
「ずっと、怖かった。鍛錬なんてしたくなかった。勇者なんて嫌だ。わたくし……あたしだって友達と一緒に遊んだり、勉強したかった。あたしは普通の女の子になりたい。助けて欲しい。独りは、いや……」
他の誰にも言えない、同じ勇者という立場だからこそ言える本音。
正規のシナリオでも、この言葉はシャネルの本音だと俺は思う。
だからこそシャネルを救いたいプレイヤーは多かった。
「なに言ってんだ。もうシャネルはひとりじゃないだろ」
そう言って手を差し出す。
「俺だって怖いんだ。一緒にいてくれ、シャネル」
シャネルは溢れ出る涙を拭った。
「はい」
彼女が俺の手を取った瞬間──。
ザバアアアアアアァァァァァアアアアア―――――。
海面が爆発したかのような水飛沫を上げ、出てきたのは巨大な蛇のような化け物であった。
『キュリィアアアアアァァァァァァアアアアアア!!!!!!』
巨大な口から放たれる雄叫びは、見た目とは違ってずっと高く、耳障りな雄叫びだ。まるで黒板を爪で引っ掻いたような不快な音。
レヴィアタンがあらわれた。
「シャネル。一緒に戦おう」
「はいっ」
この時に勇者の剣を装備していたら、一緒に握って戦える激アツイベントだったんだけどな。勇者の剣は持っていないため、それぞれの武器を握る。
俺はロングソード。シャネルはレイピアだ。
今、まさにレヴィアタン戦が始まろうとしたところで、一つの影が俺達の通り過ぎ、レヴィアタンに向かって行く。
「はっ──!」
『ギュアアアアアアァァァァァァ──────!!!!!」
あっという間にレヴィアタンは頭から真っ二つに斬られると、黒い血が吹き荒れる。
バシャーンと縦半分になったレヴィアタンが海に沈んでいく。
「ご主人様……」
カチンと刀を納めるカルティエが目の前に現れる。
あ、そっか。幼少の頃から好感度上げすぎてカルティエの好感度は既に100%だったねー。殺戮の刀を持ったカルティエならレヴィアタン程度ワンパンだよねー。
とか悠長なことを思ってる場合じゃねぇ。
「夜のロマンチックな甲板でイチャコライチャコラ……」
ギロリと綺麗な碧眼がこちらを睨んでくる。いつもはサファイアのように美しい瞳だが、この時はまるでメデューサにでも睨まれたかのように固まっちまう。
「お付き合いでもしているのですかぁ?」
ぶんぶんぶん──!
思いっきり首を横に振って大きく否定してみせる。
これがシャネルと付き合うイベントのセリフだとしても怖すぎるわ。
ここで頷いたら、殺戮の刀で俺はレヴィアタンと同じ未来を辿るだろう。
「そうですか」
納得したのか、カルティエは俺の腕にしがみついてくれる。
「勘違いしないでください。シャネル様とイチャコラしてイライラしたからレヴィアタンに八つ当たりしたんですからねっ」
「あ、はは……」
メイドの八つ当たりにされた隠し召喚獣めっちゃ不遇だな。
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