追跡

目標補足から数時間が経った。


その間俺は距離を見計らい目標に気づかれない速度でワゴン機械荷車を細かく操作し、追いかけていた。


「よっ!」


頭上高くから声がする。

少ししてニッサがワイヤーを使いながら振ってきた。


「収穫はあった?」


「あったり前よ!」


ふふんと自慢げに胸を張るニッサ。その手にはベストに内蔵してあるカメラのメモリーユニットが握られている。


頭に付けたゴーグルを下げ、ニッサからもらったメモリーユニットを入れて映像を確認すると間近で取られたヤツの姿が映されていた。


「あれって熊だと思うんだよなぁー、源生物ベース


「源生物」に「機械生物」―


そもそも機械生物なんていう言葉を使うのはニッサと俺だけだ。街やその辺の人は皆機械生物をただの獣や動物と呼ぶ。

それは俺たちが血肉を持った動物を覚えているから、俺たちだけが機械生物の異質さに気づける。


動物の生きる為の器官を機械で置き換えたような融合体。

それが機械生物だ。


中でも巨大化してるやつは機械に蝕まれてる割合が高く、「肉体」と呼べる部分が殆ど無い。いわば動物の特徴を捉えた機械でありこのデルルク樹海の木々も同様に樹木が鉄材質の様なもので覆われていたりワイヤーが根を張ったような不気味な機械樹で埋め尽くされている。



「熊で間違いないな」


特徴的な太い体つきに丸い顔、そして時折後ろ足で立ちあたりを見回す―


立ってあたりを見回す…?


「気づかれてるな」


巨大化してなくても相手にしづらいクマ型は厄介な相手だ。

機械生物は僕らの知る源生物に体質や習慣が似ることが多く、熊というのは元来鼻がよく効く。偵察に慣れてるニッサは色んな対抗策を常時こなしているため、今回ターゲットに気づかれたのはおそらく―


「さっきの坂を越えた時に俺の位置がバレたな」


地鳴りの威力が心なしか強くなった気がする。

映像を止め、クマのいる方向に目を移し望遠機能を起動すると案の定明らかにさっきより近くなった物体がこっちに向かってるのが確認できた。


「ここで狩るしかない」


時間の余裕はもうあんまり無い。ワゴンの武器庫から小さな袋を取り出しニッサに手渡す。


小型ザコは頼んだ」


ニッサは袋の中身を確認し頷き、そのまま腕輪からワイヤーを飛ばし再度樹海に消えていった。



大型の機械生物は縄張り意識が強く、群れで行動することは無い。

だが同時に小型の機械生物を連れ回す事も多い為、本来は慎重に作戦を立てて挑むのがベストだ。


映像で見たクマ型はコバエの小型を連れまわしていた。

小型といえど拳ほどの大きさだ…それが何十匹もいればニッサといえどクマと同時に相手にするのは難しい。


俺の十八番は遠距離狙撃、この限られた状況で一匹ずつ対処してる時間もなければ、直接クマを狙うにもコバエが邪魔で安定した狙撃が行えない。


規格外の強さを持つ大型機械生物。それもかなり知性が高く狡猾だと言われるクマが相手だ。満を持して狩りたかった…最悪の戦況だが、俺たちは今までもこれからも絶対にお互いを信じて行動して生きていく。


苦く不味いタバコを噛みしめ、ワゴンの操作パネル下のペダルを蹴りあげる。


するとワゴンの四方からワイヤーが真上に飛び出し頭上の木々に刺さる。そのまま脚を畳み、ワイヤーに引っ張られワゴンが上昇する。林冠近くに到達するとまた別のペダルを蹴り、今度は横にワイヤーが射出され、ワゴンを空中に固定する。


足場がまだ少し揺れる中俺はベルトで肩に繋がっているもう一人の相棒ライフルを引っ張り出し、目標の確認をする。


まだ全速力というわけではなさそうだがさっきより速い速度で奴が動いているのが見える。ゴーグルをいったん外し、今度はライフルのスコープを覗くとニッサが目標付近の木の枝からぶら下がってるのが見える。


こっちを背を向け、左にずらした手を小さく開けたり閉めたりしてサインを出している。

俺は彼女の手に向け照準を合わせ、レーザー光をチカチカと点滅させメッセージを送る。


・- ・--・ ・-・-- ・・ -・・-・ ・- ・- -- い  つ  で  も  い  い  よ



二回送るとニッサは手を握り締め、親指を立てる。そのまま林冠をワイヤーで飛び回りながら懐に隠した電波欺瞞紙チャフを詰めた花火と電磁パルス弾EMPを次々と落としていくのをスコープ越しに確認する。


数秒後、電波欺瞞紙チャフの花火が空中で破裂する。


辺り一面に小さな光沢を放つ紙切れが飛び散る。少し遅れて落とされた電磁パルスが次に作動し、有効範囲内のコバエがバタバタと倒れていく。


小型の電磁弾EMPだとクマみたいな大きめの機械生物に効果は無いが、小型の動きを止めるには十分すぎるほどの効力を持つ。そして電波欺瞞紙チャフの通信妨害性能の影響で近隣のコバエの情報伝達を止めてしまえば援軍が来る事も無い。


クマも特に気にしてる様子はなく、そのまま順調にこちらに近づいてくる。

だがスコープ越しに辿った目線に何か違和感を感じる…。


クマの視線が数十度俺からズレている。


おかしい。


縄張り意識の高い大型は一度敵とみなしたものは敵意が抜けるまで視線を逸らす事はほぼほぼ無い。

あの嗅覚で俺に気づいたのならどの方向にいるのか必ずわかっているはずだ。

数度の誤差なら理解できるが、今のヤツは俺を見ていない。いや、認識はしているだろうが、無視している…?



――――ギィイイイイイィィィィ


突如耳を劈く機械音声に思わず怯んだ。

コバエでもクマでもない、第三者の機械生物の威嚇音が森に響き渡る―。


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