『詰んだ盤上からの脱走』
私は軍の人体実験のターゲットにされた。私の肉体は改造され遠隔操作可能なアンドロイドの様にされた。閉じ込められた独房は留置所の様に、畳とテレビとベッド、トイレとシャワーがあった。
ここには何も無い、無機質なコンクリートの中、畳だけが僅かな安らぎを与えた。室内には監視システムが仕込まれており、空間ごと録画された。
ここは真っ暗なキャンバス。モニターにはアダルトコンテンツが流れ続けている。内容は憑依されたり、肉体を乗っ取られたり、洗脳された内容ばかりだった。
室内には赤外線と音波、マイクロ波を組み合わせた指向性エネルギー兵器が仕込まれており、毎朝、電気ショックで目を覚ます。レーダーで神経をハッキングされ、私は基本的に動けない。まるで閉じ込め症候群の生首になった気分だ。私は、真っ黒なキャンバスの上の彷徨える生首だ。真っ黒なキャンバスの上に流れるのは拷問の苦痛とアダルトコンテンツだけだった。
肉体の遠隔操作で時間が来ると、シャワーとトイレを済ませる。食事は簡素であり、勝手に手が動き、口が動き胃の中に流し込まれる。
室内には古いゲームがあり、肉体の遠隔操作でそれを強制的にプレイさせられる。腕が勝手に動きボタンを押すのでただの意味のない苦痛な時間だった。
夜中の2時になると、肉体の遠隔操作でマスターベーションを強要された。アダルトコンテンツの内容に合わせて手が自動に動く、人工知能が使われているようだ。これは、スマート畜産技術でロボットが牛を搾乳するのに似ているなと思った。
夜中の4時に電波で強制的に眠らさせられた。全てはプログラムされていた。
起床
食事
シャワー、トイレ
ゲーム
食事
ゲーム
シャワー、トイレ
食事
アダルトコンテンツ強制視聴
人工知能による自動自慰強制
ゲーム
強制睡眠
永遠の繰り返し
永遠の意味のない作業
永遠の機械的強姦
永遠の拷問
永遠の洗脳
永遠の人体実験
これに加えて、24時間の指向性エネルギー兵器による拷問が加えられていた。
脱走は出来ない。自分で動けないのだから。
どうしてこうなった。ここは闇だ。
モニターには他の部屋の様子も映される。中には未成年の少年少女も含まれていた。
世界中の誰もこの部屋を知らない。
私は世界に、この世に見捨てられた。
自分の目や口、手が操られる。
机にはマジックと紙が置かれている。
自分の口は自分の意志とは異なる言葉を喋り続け、自分の腕は自分の意志とは異なることを書き続ける。自分自身の手が口がペニスが盗まれ、マシンオペレータと人工知能に弄ばれる。
この真っ黒なキャンバスから出られるのは、死と夢の間だけだった。だが、ここでは自殺が出来ない。夢だけがここを出ることが出来る。
だが、マシンオペレータと人工知能は夢を改ざんし捏造し、夢の中でも私を攻め立てた。
人類史の中には、絶望的な状況を自らの力と運、自らの状況と周りの人たちを上手く利用して切り抜けた者たちがいる。だが、彼らには自由に思考できる脳と、自由に動く肉体があった。そのどちらもないこの状態は完全に詰んでいるといえた。
永遠と続く同じプログラムの日々。運動さえ出来ない。この部屋こそ、神の奇跡が存在しない証明だ。私は絶望に打ちひしがれていた。
空想さえ封じられた。思考さえ止められ、自由思考さえままならない。これではただの自動機械人形だ。これはあらたな形の拷問だ。
永遠に繰り返される拷問の日々。
ある日突然、黒服の人間が2人現れた。私は突然、かつて住んでいたアパートに戻された。
しかし、そのアパートは全員あの施設にいた人体実験のモルモットであり、アパートの部屋はあの独房と同じだった。肉体の遠隔操作は継続され、まず、大量のゲームと、憑依されたり、肉体を乗っ取られたり、洗脳される内容のアダルトコンテンツを購入させられた。場所が変わっただけで、全てが同じだった。お金は金庫にあったが、1円も自分では使えなかった。
起床
食事
シャワー、トイレ
ゲーム
食事
ゲーム
シャワー、トイレ
食事
アダルトコンテンツ強制視聴
人工知能による自動自慰強制
ゲーム
強制睡眠
永遠の繰り返し
永遠の意味のない作業
永遠の機械的強姦
永遠の拷問
永遠の洗脳
永遠の人体実験
僅かながら自由に動ける時間が発生した。だが、自殺しようとすると自動で身体が止まる。結局、より大胆な人体実験に過ぎなかった。同じ毎日が数年続いた。アパートの住民の半数は、身体が勝手に動き近くの工場に応募して労働を始めた。しかし、給料は全て肉体の遠隔操作で使われるため、自由につかえるお金は0だった。
ひとつずつ、狂気の地下人体実験場が地上に現れているようだった。地下で行われていた狂気が人々の横で雨後の筍の様に成長していった。
あの日、戦争が始まった。
太陽フレアが起きた。
ハリケーンが襲来した。
テロが起きた。
停電がおきた。
さまざまな事象が同時に起きた。
真っ黒なキャンバスのアパートは一瞬だけ、
真っ白なキャンバスになった。
多くの者は、真っ暗なアパートの中に佇み動かなかったが私は逃げた。逃げろ、逃げろ、逃げろ、何処へ逃げればいいのか…とにかく山へ逃げた。
その夜、山の中で私は数年ぶりに自分本来の夢を見た。いつかのバスの中の交通事故、穏やかな入院生活、優しかった家族や彼女、仲間たち。ふいに涙が出た。
同時に私は今なら自殺できることに気付いた。
逃げろ、逃げろ、逃げろ、何処へ逃げればいいのか、死は確実な脱出だ。
私は首に即席で作った縄をかけた。その瞬間、空に流れ星がいくつも見えた。それはミサイルだった。私は爆音で正気に戻った。
もう1度、死ぬ前にもう1度だけ夢を見よう。そうして、私は夢を見るために自殺を先延ばしにした。私は山の中で野生化して生き続けた。山から山へ少しずつ移動していった。
ある日、朽ちた山小屋を見つけた。そこにはまだ使える生活用品が一式あった。私は小屋を直し、そこにあった衣服を借りて住み始めた。
あの小屋で過ごした日々は、最も幸福な数年間だった。水を汲み、薪を割り、風呂を焚き、山菜を集め、健康な生活は肉体も回復していった。
だが、ある日ライフルを持った軍人が現れた。運の尽きである。私は捕まったが、あの施設には戻されなかった。私を拷問し人体実験をしていた勢力が、この戦争で敗北したらしい。結局、勝利には何ら結びつかない実験だったようだ。
捉えられた私は軍人に事態をすべて説明したあと、釈放された。あのアパートの住人は私以外全員死亡していたそうだ。あの時の私は完全に人生が詰んでいた。
だが歴史の激動が駒を動かし、詰んでいた盤面を僅かにずらした。あの頃の私は、この部屋こそ神のいない証明だと考えていた。だが、今は神こそは信じられないが、自由になった自分自身の肉体こそが、何か目に見えない存在を感じさせた。
私は生きている。
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