『真っ白なキャンバス』
病院で真っ白な天井を見ていると、懐かし顔が現れた。ざわざわと急に騒がしくなった。
「おーい、生きてるかハル。お前が来ないから、学校が、つまんねぇよ。」
親友のナツキが、ぼくのギブスの巻かれた足をツンツンとつつく。
「大丈夫? はる君。はる君の事故、ニュースにも出てたから驚いたよ。」
親友のナツキとクラスメイトが、心配して花とフルーツ、漫画雑誌、応援の色紙を送ってくれた。わいわいガヤガヤ他愛もない話しをした後、嵐の様に去っていった。釣り上げられたギブスの右足には、応援のメッセージが色とりどりのマジックで書かれていた。看護師さんが花瓶に花を活けてくれた。急に、真っ白な部屋が色鮮やかに感じられて嬉しかった。
数日前、水族館に行くためにぼくが乗ったバスは交通事故に会い、ぼくは首を痛め、右足を骨折して救急車で病院に運ばれた。幸い死者はおらず、ぼく以外の乗客はみんな軽傷だった。
それにしても、病院というのは退屈だ。おまけに首と足が動かない。仕方なくナツキが持ってきた漫画をパラパラとめくる。ナツキが持ってきたギャグ漫画はそれなりに面白く、クスクスと笑っていたらガラガラと扉が開いた。
彼女のアキナだった。深刻そうな顔で入ってきたが、漫画を読んでいるぼくを見て微笑んだ。
「な〜んだ、心配して損しちゃったな。」
そういいながらぼくの足のギブスの応援メッセージや落書きに指を当てて笑って椅子に座った。ぼくは、もっと心配してよといった。彼女は手作りのプリンを持ってきてくれた。
「食べたいけど、首が…ウゴカナイ。」
ぼくがじたばたしていると、アキナは仕方ないわねとスプーンを持って口に入れてくれた。その時、看護婦さんが定期検診に来た。
「あら、お構いなく〜。」
彼女は照れてすっと椅子に座って、残ったプリンを何故か自分で食べ始めた。看護婦さんは体温を測り、体を拭いたあとにやにやしながら出ていった。その後、アキナは、ごめ〜ん全部食べちゃった。とてへペロな顔を見せたあと、お土産を冷蔵庫に入れてくれた。
彼女と会話をしている間だけ痛みがなくなり、心が暖かくなった。真っ白だった病室にパステルカラーの絵の具が広がった様に感じた。アキナはまた来るねと言って、ぼくの頰に軽くキスしたあと手を振って帰っていった。
真っ白な部屋が夕焼けに染まる、急にあたりが静かになる。思えば、人生で、初めてのひとりぼっちかもしれない。この病室はぼくだけで隣のベッドも空だった。退屈なのでテレビを付けてアニメを見ていた。
しばらくすると家族が来た。母親と姉と弟がいた。他に病人がいないためリラックスした3人は、自宅の様にくつろいでいた。ぼくは、弟にお菓子をいくつかあげた。姉はクールな顔で勝手にテレビのチャンネルを変えて、歌番組を見始めた。母親はぼくの身の回りの世話をしてくれた。
歌番組が終わると、姉がそろそろ帰ろっか。といって、家族は帰っていった。ぼくは途中までみていたアニメの続きを空想しながら、ぼんやりと眠りについた。
真っ白なキャンバスの上で寝ているぼくの周りが、いろんな色で染まっていく不思議な夢を見た。目が覚めると夜中で、窓を見ると夜空が見えた。この世界には、本当にひとりぼっちで染まることのない真っ白な病室で生涯を終える人もいるだろう。テレビをつけると戦争のニュースが映っていて、ぼくは悲しくなった。
真っ白な部屋に悲しみと怒りと不条理が流れ出した。ぼくは、ふいにテレビのチャンネルを変えた。そこでは、くだらないお笑い番組が流れていたが、何となく見る気はせずにテレビの電源を切った。
部屋を見渡すと誰もいない。ぼくはナースコールを押した。
「どうしたのハル君。どこか痛い?」
「ごめん、寝ぼけて間違えて押したみたい。」
看護婦さんは、ぼくを、せめることなくずれた布団をなおして微笑みを残して出ていった。ぼくは、少し安心して眠りについた。
夢の中で目をさました。隣のベッドに戦争で怪我をした少女がいた。こちらを見ていた。少女は包帯をしていたが動けるようで、ぴょんぴょんはねながらこちらへ来た。
少女の真っ白なキャンバスと夢の中で繋がったらしい。ぼくたちは何故か言葉が通じた。彼女の真っ白な病室に色が広がっていく。ぼくは、冷蔵庫の中のお菓子を食べていいよといった。少女は嬉しそうに両手いっぱいにお菓子を抱えて自分のベッドに帰っていった。
目を覚ますと彼女のアキナがいた。彼女は、手作りのプリンを冷蔵庫に入れようとしていた。
「あれ〜、ハル。冷蔵庫のお菓子全部食べちゃったの? あれ一週間分のおやつだよ。」
「ああ、あのお菓子は知り合いの子どもにあげたんだ。」
ぼくは、不思議な気持ちで真っ白な天井を見上げながらいった。彼女が空気を入れ替えようと窓を開けると、小さな青い小鳥が入ってきてぼくの右足のギプスの上にとまって爽やかに鳴いた。
アキナはその小鳥を指に止めて、優しくなでたあと空に還した。はるか遠くに消えていく小鳥を見えいると、何故か目に涙が浮かんでいた。
彼女は動けないぼくの顔の涙を指で優しく拭いて、何で泣いてるの…とまじまじとぼくの顔を見ながら微笑んだ。その微笑みは部屋をあたため、ぼくの部屋から漏れた絵の具は、名もなき白いキャンバスにも広がっていった。
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