『氷砂糖の夢を歩いて』


西暦2030年


先端科学を集約した人工島が、〇〇国に作られた。そこに才能豊かな学生と学者が集められ、世界有数の学園都市になった。


ある日、学園都市の地下素粒子研究所が大規模な事故を起こし、島の大半が吹き飛んだ。島全体が異常な磁気を離ち、特殊な場を形成し、島の住民たちは特殊な能力を発現した。不思議なことに、13歳以下の子どもたちの約5%(約200人)にだけ能力が発揮された。そして、この能力は島を出ると消滅した。島の中だけ使える特殊能力者たち。


〇〇国政府は、人工島を封鎖し能力者以外の住人と家族だけ残し、その他の住民は支援金を与えた上で島から放り出した。その後、政府は30年にわたり研究を続けた。能力は、子孫にも受け継がれることがあるとその後の研究で分かった。両親ともに能力者の場合は、約70%、母親のみ能力者の場合は50%、父親のみの場合は5%だった。


まれに特殊なケースが確認された、片方の親の能力を子どもが受け継ぎ、さらに子ども自身が能力を発現するケースで、これは『ダブル』と呼ばれた、さらに希少なケースで両親の能力を受け継ぎ、さらに自身の能力を発揮した能力者は『トリプル』と呼ばれた。2世の子どもたちは、島中心の学校に集められ特殊な教育を受けている。



箱庭の静かな2人


島の中枢にある学校の教室に、一人の女性がいた。


私の名はアリシア、『ダブル』だけど、母から受け継いだ能力は誰にも教えていない。みんな、私自身の能力しか知らない。私の能力は『空間撮影』、空間を3次元的に記憶し保存できるの。いつでも過去に撮影した空間を詳細まで思い出すことが出来る。再生の際には、目をつむる必要がある。


目をつむり過去のデータを再現している間、まるでその中を歩いているかのように自在に詳細まで確かめることが出来る。また、信頼できる人と手を繋いでいると、その人にその空間を理解させる事も出来るわ。だけど、信頼が無ければ私の能力は他の人には伝わらないの。


私の隣の席にいる彼は、アユム。

彼もまた私と同じく、自らの能力しか伝えていない。彼はトリプルの能力者。

彼は、学者だった母親から受け継いだ能力だけを他の人に伝えているわ。

その能力は、『本質の理解』、どの様な言語でも、どの様な動物の鳴き声でも、絵でも刺繍でも、歌声でも、古代遺跡のレリーフや曼荼羅でも、そこに秘められた意味を瞬時に理解してしまう能力者なの。


彼の残り2つの能力の内、1つはとても危険なもの。

それは殺害した人間の能力を自分のモノにできるという能力、これは彼の父から受け継いだ禁断の力。彼の父は、かつて島の能力者の3分の1を殺害し、能力を組み合わせ、能力を維持したまま例外的にこの島から脱出した人間。この世界でただ一人、島の外で能力を保持する人間なの。政府は、必死で彼の父を探しているわ。


彼自身の能力は、私もまだ知らない。また、彼がどれだけの能力を本当は持っているかも私も知らないわ。私たちは、島から脱出する方法を探している。

そして、アユムの父に会うつもり。私たちは世界の秘密を知ろうとする共犯者であり、唯一信頼できる仲間。


私の本当の能力夢の中の散歩


私の能力は夢の中の散歩。

私が夢を見ると、世界の時が止まるの。

夢から覚めるためには、部屋のベッドに入って能力を解除するだけ。


私の能力の特殊な点は、島と外界の境界線がないこと。

島の外まで、止まった時間を歩き続けることが出来るの。

見張りの能力も、夢の中では停止しているの。


私はアユムと子どもの頃から、夢の中を散歩して来たわ。

止まった時間の中、世界中を私たちだけがこっそり旅してきたの。

あらゆる遺跡、あらゆる博物館、あらゆる秘密の場所に行ったわ。アユムの『本質の理解』により、私たちは世界の秘密を知った。この世界は全て嘘をついている。だけど、彼は何も語らない。


私の頭には彼と夢の中を旅をしたあらゆる思い出の『空間写真』が収めれている。

私たちは、来る日も来る日も夢の中で旅をした。世界の広さを知った。

アユムの父の居場所も突き止めた。


私たちは、この島のあらゆる秘密の研究所もすべて渡り歩き、全ての能力者のデータベースも見つけた。それらは全て、私が空間ごと記憶しているわ。能力の組み合わせ次第で、簡単にこの島を脱出できる。アユムが父から受け継いだ禁じられた力を使えば、この島のすべての能力を手にすることも理論上は可能だけど、私たちは仲間を愛していた。誰も犠牲にせずに、この島を出る方法を模索し続けた。


私たちは、島の外の誰よりもこの世界の秘密を知っている。私とアユムだけが知っている。私はアユムとは違い、この島を出たくない、この力を失いたくはない。氷砂糖みたいな夢の中で永遠に一緒に散歩をしていたい。


ある日、私たちは前から目を付けていた能力者に協力を要請し、島から難なく脱出できた。そしてアユムの父『マナブ』に会いに行った。彼は能力を使い裏世界の支配者になっていた。


再開


とある豪邸の庭で、私たちはマナブに出会った。


マナブ

『君たちが来るのを分かっていた。ずっと、待っていたよ。』


アユム

『何故、あなたは島の人を殺めたのですか?』


マナブ

『この日の準備のためだよ、わが息子よ。』


アリシア

『どういうこと?』


マナブは懐から銃を取り出した。アユムとアリシアはおののいた。

だが、マナブは銃をアユムに渡した。


そして、呟いた。

『全て君のためだアユム、君に全ての力を渡すため私は準備をしてきたのだ。』

そういうと、マナブはアユムの手を取り、自らの心臓を撃ち抜かせた。

アユムは驚いた、アリシアは悲鳴を上げた。


崩れ行くマナブは優しく囁いた。

『すべてはあらかじめ決められていたこと、愚かな私を許してくれ。』


マナブが倒れた瞬間、アユムは理解した。

父のすべての能力が自らのものとなり、自身の能力も外界で使えるようになったことを。同時に、身勝手な父に怒りを覚えた。そして、混乱し悲鳴を上げた。


アユム

『私が欲しかったのは幸せな家庭であり、能力や運命ではない。』

アリシアはアユムを慰めた、その瞬間、アユムは全てを理解してしまった。

父の策略を能力によって、無自覚にすべて理解してしまった。


また、父から受け継いだ能力の1つ、死人の記憶を読み取る能力を発動し、豪邸のすべてを理解した。極秘の地下施設も見つけ出した。使用人たちは、あらかじめこの計画を知っており、アユムを新たな主と考えた。


だが、アユムとアリシアは能力を使い、ここを静かに脱出した。

約100の能力を手にしたアユム、手をつないだ時だけアリシアも能力を使えるようになった。二人は再び、静かな夢の散歩に戻った。


望まずに得た自らの力で、全てが可能であると理解した。

だが、2人が望んでいたのは、平穏で静かな世界だった。

そう、夢の中いがいに2人が必要とするものはなかった。


夢の世界を切り離す


夢の中では時は止まっている。

アユムは、夢の世界を現実と切り離しここで永遠に暮らすことが可能だと、自らの能力の組み合わせで理解した。2人はそれを実現し、現実世界から消えた。時の川が凍り付いた夢の中で、再び静かに生活を始めた。


永遠と呼べる月日が流れ、2人は膨大な知識を手に入れた。

この地上の誰よりも、この星のことを深く理解した。


そして、ある日2人は現実の、あの人工島へと戻った。

全ての島民の能力を殺すことなく奪い去り、全ての住人を移動させた後、島を丸ごと沈めた。地上にあるすべての能力を集約した。


これはアユムの父の計画を実行したものだった。

マナブは、全ての能力を集約し、ある目的のために使用するつもりだったのだ。

アユムはアユム自身の能力を使ってみた。


これで、パズルのピースは揃った。

だが、最後の最後に運命に抗う。


アユム

『私は誰の計画にも加担しない。父の願いもすべてわかっていたけれど、やはりそれはできない。』


アリシア

『あなたは、自分がやりたいことをすればいいわ。あなた自身を信じて。』


世界のすべての真実を、小さな結晶にまとめた。

それに触れると、人々はその結晶に意識を吹き込んだ人間の想いを知る。

全ての能力を駆使し、この世界に真実の雪の結晶を降らせた。


人々はこの世界の本当の真実を知った。世界はその日から変わってしまった。


アユム

『私は父とは違い、最後の判断は人類自身に任せるべきだと思った。例え、父の計画がこの世界に平和をもたらす確実な方法だとしても、人々にはそれを自分で判断する自由が与えられるべきだ。』


人間の誕生から現在まで、種としての人類はその真実を全て知った。信じるもの、信じないものも含め知る機会を与えられた。その後、2人は黒い意志を世界から取り除き、世界のバランスを誰に知られることなく調整した。


アユム

『可能性は与えた。後は彼ら自身が行えばいい。私たちは、夢の中へ帰ろう。』


アリシア

『ええ。』


2人は再び現実から消えた。

そして、氷砂糖の様な夢の中を今も歩いている。

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