第71話 Sランクダンジョン2


 その後も探索は順調に続く。気づけば表層と中層の境目辺りにまで来ていた。ここから先は魔物の生態系が一変し、一気に難易度が跳ね上がる……らしい。

 まだ足を踏み入れたディーヴァーは一人も存在せず、ドローンでの観測のみなので推測の域を出ないが。


「そろそろ引き返すか?」


「………」


「トモ?」


「え!? あ、はい! そ、そうですね……!」


 相変わらず上の空だが、その時彼女のお腹の辺りから盛大な音が鳴った。


「……もしかして、腹減ってるのか?」


「あ、うう……その、……はい。実は、朝何も食べてなくて」


「おいおい、食事は大事だぞ……常備しててよかった」


 俺は道具倉アイテムベイからコンビニのおにぎり(シーチキンマヨネーズ)などを取り出す。


「折角だから、昼ごはんにしようか。魔物の気配はないし」


 派手に暴れた影響なのか、周囲からあのサルもどきの気配は消えていた。アレだけ虐殺されたら流石に学習したのかもしれない。


――――


『ダンジョンのど真ん中で食www事www』

『オイオイオイ死んだわ、あいつら……ってならないのが我らがテイマー』

『むしろ魔物が死ぬんですが』

『あの、ここSランクのダンジョンだよね!?』

『新入りか? ハクちゃんに常識は通じない』


――――


「はい、どうぞ」


 適当なシートも道具倉アイテムベイから引っ張り出し、腰を下ろす。ついでにお茶のペットボトルも渡した。食後にはデザートも出す予定だ。


「あ、ありがとう……ございます」


 よほど空腹だったのか、最初は遠慮がちに齧っていたがあっと言う間に平らげてしまった。

 よく見れば服も汚れていて、髪の毛も毛羽立ちが目立つ。この前見た腕の傷と言い……やはり……。


「あの、おにぎり……助かりました。何のお礼も出来ないけど、いつか必ず」


「別に良いよ。気にしないでも」


「そ、そういう訳には……」


「それよりもデザートも食べる? コンビニで買った奴だけど」


「え、え!? さ、流石にこ、これ以上……は……」


 目の前にシュークリームを差し出すと、トモは固まってしまった。それからかなり悩んだご様子で受け取り、食べ始める。


「遠慮しないで良い。たくさん食べな」


 空腹の辛さは身を以て体験しているからな。


「ん? ちょっと――」


「は、はい!? な、なんでしょうか!?」


「指、見せて」


「ふえっ!?」


 俺はトモの手を取る。グローブの指先が破れて、人差し指から血が滲んでいた。


「ケガしてるじゃないか。破傷風になるぞ」


「あ、こ、これくらいの傷なら……」


 すぐに回復魔法を施す。傷口は塞がっていった。


「俺たちはパーティなんだ。何かあったら、すぐに教えてよ」


「す、すみません。ご迷惑を……」


「あー、そういう意味じゃなくてさ。遠慮なく頼って欲しいって事」


 俺の言葉の意味が分からないのか、トモはキョトンとしている。

 何でこんなに後ろ向きなんだ……昔の俺もそうだったけど。


「よし、今後俺といる時は迷惑だとか何だとかマイナス思考の発言禁止な」


「え、あ、えええええ!? そ、そんなの無理……」


「はい、ダメ」


「いや、あの!?」


「マイナス発言するたびに俺がご飯奢るからね。今ので一食分だから」


「ちょっ!?」


――――


『おお、あのマイナス思考の塊のトモちゃんが……』

『俺、初回配信から見てるけどあんなアタフタしてるの初めて見たわ』

『ずっと暗い顔でボソボソしてるだけだもんなぁ。投げコメ打っても変わらんし』

『ハクちゃんなら、変えてくれそうだ。頼むわ』


――――


「ほら、コメントも肯定的だ」


「あ、あの!? 皆さん!?」



 食事後、視聴者さんの休憩タイムも考慮して30分程度、一旦配信を止める事にした。

 その間、トモは持っている銃器の整備を始める。


「それ、なんて名前の銃なんだ?」


「こ、これ? ニューナンブM57を改造した特別仕様で……元々はお父さんが使ってたのを私が……」


 M57って確か、唯一の国産自動拳銃だっけか? 制式化すらされてない幻の銃らしいけど。


「親父さんもディーヴァーだったんだ」


「うん。でも今はその、引退しちゃって」


「そっか」


 トモの顔色が暗いので理由を聞くのは止めておいた。

 互いに無言になり、暫くは焚火の爆ぜる音だけが小さく聞こえてくる。


「……ハクさんのお父さんはどんな人?」


「親父? そうだな……一言で言えば、破天荒」


「破天荒?」


「ああ。昔、俺を身籠ってたお袋がさ、車の事故で車内から出られなくなったんだけど……親父は歪んだ車のドアを力ずくでぶっ壊したらしい」


「ち、力ずくで!?」


「うん。レスキュー隊の人もビビってたよ。油圧カッター使わなきゃ絶対に無理な状況だった」


「す、凄すぎる……」


「他にも俺の出産祝いだってカジキマグロを一本釣りしたり、家族でキャンプ中にクマと遭遇した時は素手で投げ飛ばしやがったな。だから俺はガキの頃、ずっと親父の事はキンタロー父さんって呼んでた」


 俺は焚火を見つめる。初めてのキャンプ、見上げた星空は記憶に焼き付いている。焚火を囲って一緒に眺めたな。


 でも、これが家族と過ごした最後の思い出だ。


「そんな親父も……アッサリ事故でお袋と逝っちゃってさ。俺も結構スレたよ」


「っ、ごめんなさい、私、こんな、知らずに……」


「別に気にしてないって。もう過ぎた事だし、今は乗り越えたから」


「……ごめんなさい」


「………」


 また沈黙が降りる。トモは沈んだ面持ちで銃の整備を続けていた。


「そろそろ再開しようか」


 頃合いを見て、俺はそう告げる。

 無言でトモも頷いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

隔日 12:00 予定は変更される可能性があります

二度目の冒険は現代ダンジョンで!  四宮銅次郎 @nep_dou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画