第69話 黒い感情


 ああだこうだ、駄々をこねるフィオナを躱して逃げるようにプライベートダンジョンのダグザの台所へ入る。

 一定時間で内部の状態はリセットされる訳だが……


「今のところは問題なし、か」


 荒らされた様子はない。念のために設置した小型の監視カメラの録画にも、気になるところは無かった。露骨に分かる位置に設置しているので警戒しているのかもな。他にも色々と罠を張ってみたんだけど。


 少なくとも只の馬鹿ではないようだ。小賢しく頭が回るタイプの馬鹿らしい。めんどくさい。


「ウィン、食べるか?」


「うん!」


 適当にウィンを放し、俺はその辺に座り込む。

 プライベートダンジョンは世界各地で荒らされ、その被害件数は増加し続けている。

 俺のように監視カメラ等を導入して対策するディーヴァーもいるようだが、それすら無効化される事案も出ているようだ。


 狙われるダンジョンに規則性はなく、あの世界一有名なディーヴァーであるミスターDも被害に遭った。その被害総額は既にかなりのものになっている。


 日本にやってきた犯罪組織、ガロウズ・ゲイプとの関連は……ありそうだが、問題はどうやって侵入しているのか……これが分からない。

 プライベートダンジョンに入れるのはダンジョンキー所有者だけ。これは絶対に揺るがない決まりであり、物理的、魔法的な突破の成功例はない。


 ダンジョンキーの盗難による被害もあるだろうが、件数があまりにも異常だ。明らかに犯人は正規に入る方法を取得している。

 未知のアイテム、未知の魔法、あるいは――。


「ハクア様」


「ん?」


 ウィンに名前を呼ばれ、顔を上げる。食事を終えたのか、目の前にいた。


「なんかずっと浮かない顔をしてるけど、大丈夫?」


「え? ……なんで分かったの?」


「そりゃハクア様とは長い付き合いだからね! これくらい分かるよ」


 確かにウィンと出会ったのは昔のように思えるが、俺が最初のダンジョンに入ってからまだ一月も立ってないけどな……。

 しかし、思い返せばこの短期間で色々な事が起こってるな。

 あれ、そう言えば俺、最初はアースシアでめっちゃ大変だったから暫くはゆっくり休みたいって考えていたような……?


「まあ、色々と考える事が多くてさ」


 俺はそのまま寝転ぶ。


「ボクはスライムだから難しい事は分からないけど……変な空気は感じるよ」


 ウィンもその隣に来て、ボフっと俺の身体の上に乗っかった。柔らかく、ひんやりしていた。


「変な空気?」


「うん。あのトモって子……凄く、イヤな空気を感じる」


「……そういうの分かるのか?」


「何となく、だけど。今までハクア様が出会ったり、戦ってきた人間の誰よりも凄く……暗いんだ」


「………」


「フィオナも暗い所はあるし、三輪とか言うムカつく人や赤ん坊の妖はどす黒かった。でもトモは違う……本当に真っ黒。光が見えない。まるで独りぼっちで闇の中を彷徨ってる」


 ウィンの言う黒い気配って、多分人が持つ負の感情や暗い過去の事だろう。聖女であるフィオナにも少なからずあるし、俺にだってある。三輪やあの赤子がどす黒かったのはそれだけ、多くの負の想いを蓄えていたからだ。


 だがそれよりもなお昏い、トモの感情は……


「ああ、俺も分かっている。だから何とかしなきゃならない」


 甘いのは分かってる。その甘さで周りを巻き込んでしまった事もある。

 だから甘さを貫き通せるだけの力を求めた。


「ハクア様、何かするんでしょ? ボクも手伝うよ」


「……無理するなよ」


「うん。ハクア様もね」


 ニコっと笑うウィン。俺も応えるように少しだけ笑う。


「さあ、そろそろ帰ろうか。フィオナが騒ぎ出す前に」


 起き上がり、ダンジョンから出ようとした時スマホの通知音が鳴る。

 見るとトモからメッセージが届いていた。


 その内容は――

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