第59話 食事会
「では――新たな門出を祝って乾杯しましょう」
「……乾杯」
エクセリオンタワーの食堂で俺たちはワイングラスを掲げる。未成年のヨルさん、トモ、俺はジュースやコーラ。翠帝さんは日本酒、ダブルフェイスさんは赤ワイン、フィオナも同じく赤ワイン、佐伯さんはウォッカ。
食事の方式は立食で、あちこちのテーブルには豪華な食事が盛り付けられている。俺の中にいるウィンが反応しているのか、少しくすぐったい感触が襲ってくるが我慢して欲しい。
ただでさえ、ダグザの台所が破壊されたせいで食べ損なっているからな……食べ物の恨みは恐ろしい。
「……本当に言わなくて良いの?」
適当に食べ物を装っているとヨルさんが話しかけてくる。
「湊鼠トモはあなたを利用し、不正にSランクディーヴァーになったも同然。許される事じゃない」
「まあ、そうなんだけど……」
ヨルさんはすぐにでも告発すべきと言うが、俺は一旦待ってもらっている。
確かにさっさと伝えなきゃいけないのは分かっているが……。
「こんな杜撰な方法で何故、やろうとしたのかなって気になるんだ」
欲と悪意塗れの奴なら告発するか勝手に自滅するのを待つつもりだったが、こうして直接目にしてみてトモからはそういうものは一切感じられない。
何かしらの理由があるはずだ。甘いと言われるかもしれないが、勇者として戦ってきた経験があるからこそ、そういう背負っている人は分かる。
だからまずは……俺の手で何とかしてやりたい。
「……あなたは甘い。でも、ただのお人好しじゃないのは私にも分かるよ。気を付けて」
「うん。ありがとう。じゃ、ちょっと話してくる」
……その前にトモを物凄い形相で、睨みつけているフィオナを落ち着かせるか。百年の恋も冷めるような顔つきだぞ。
*
「……少し、良いかな?」
「……っ」
離れた場所で一人、静かに過ごしているトモに近づく。
目に見えて動揺していた。目を見開き、意味のない言葉を小声で零している。
……ここまで狼狽されると悪い事をした気分になるな。俺もコミュ障だったから気持ちは分かるが。
「う、あ、そ、えっと……わ、私、は」
「……ごめん、驚かすつもりはなかったんだけど」
「いえ、その、……ごめん、なさい」
何とも言えない沈黙が降りる。こりゃ一度、出直すかと思った時だった。
「ハク……さんだよね?」
「うん。年もそんな違わないから呼び捨てでも良いよ」
「あう、わ、分かった……」
もしこれが演技なら映画俳優になれるレベルだ。やっぱり、こんな大それた真似をするような人間には見えない。
「……その、怒ってない?」
「え?」
「……あそこ、の連れの人……私の事、睨んでるから……あなたも怒ってると思って……」
指差す先を見る。そこには般若のフィオナが。
「はぁ……」
俺は両手で顔を覆う。頼むから、落ち着いてくれ!
「大丈夫。あそこの人は少しアレなだけだから。俺は何とも思ってないよ」
「……本当?」
「ああ」
少しだけ張り詰めていた警戒心が解けた感じがする。トモが自身の前髪を片手で払おうとした時、セーラー服の袖がまくれ上がり、二の腕まで露出した。
同年代と比較しても明らかに細い腕、そして……。
絆創膏、アザ、火傷みたいな痕……どう見ても、魔物から受けた傷ではない。
まさか……。
「……? どうしたの?」
「あ、ごめん」
恐らくこれは見られたくないものだ。俺は慌てて視線を外す。幸い、気づかれてはいない。
「あ、その人形――」
ポケットから覗くスマホに着いたアクセサリーの一つ、あるアニメのキャラクターがいた。マイナーなアニメで、俺も偶然深夜に放送していたのを見つけてハマったんだっけ。
「! し、知ってるの?」
「一応、円盤と原作小説は履修済み」
「あ、わ、私もこのアニメ、凄い好きで!」
トモの目がキラキラと輝く。どうやら意図せずして緊張感を解せてきたようだ。
「もしかして二丁拳銃なのも?」
「分かる? うん、そうなんだよ。スキルは無かったけど、何度も見直して覚えたんだ……!」
マジか。あれ、スキル無しでやってるってなると相当な技術だぞ。
「う、あ、ごめん……話過ぎて……」
テンションが上がったのか、矢継ぎ早に話していたトモだがハッとして口を噤む。
「……今ので、引いたよね。こんな性格で、みんなからも引かれるし……ディーヴァーなのにトークもダメダメで」
せっかくのキラキラがどんより濁り始める。
これはいかん。
「俺は! 全然、そういうの分かるから! だから気にするな!」
「……そ、そう、なの?」
「そうだ。語り合おう」
「……! じ、じゃあ――!」
その後、アニメについてめちゃくちゃ熱く意見を交わし合った。
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