第58話 不穏なる空気


「このドラゴン……どうしてEランクダンジョンに?」


 ヨルさんは死骸を見上げ、呟く。誰にも気づかれず、密かに棲み付いていた……ってパターンはあり得ないな。ブルードラゴンは水場に巣を作る習性がある。ここは水一滴もない乾燥した洞窟だ。いかに竜種でも幼体が過酷な環境下を生き延びるのは不可能だろう。


 現実的に考えるなら生体が何らかの理由でここに移動してきた、とか。


「魔物がダンジョン間を移動した……とか」


「理論上は起こり得ると思う。でも人目につかず、ここまで移動する方法は……私は知らない」


 これだけの巨体、しかも竜が街中を移動したら夜中でも大騒ぎになる。人口の少ない地方でも監視カメラに引っ掛かるはずだ。

 当然そう言った騒ぎになれば迷府が動き、Sランクディーヴァーに出動要請が出る。


「とりあえず、佐伯さんに教えよう。調べるのは彼らの仕事」


「……そうだね」


 ここで考えていても答えは出ない。スマホで迷府に伝え、現場保全のためヨルさんはその場に待機。俺は少女を外に連れ出す事になった。


「じゃ、外に出ようか」


 俺は手を繋いで外に出る。背丈はそう変わらない。若干こっちの方が高いと思う。


「よっと」


 ちらほら魔物が湧いてくるが、ウィンや俺が蹴散らして無事に出口まで到着。


「お姉ちゃん、ありがとう!」


「ダンジョンの奥に入る時は気を付けろよ」


「うん。じゃあ、また!」


 女の子は笑顔で手を振りながら去っていく。あ、名前聞いてなかったけど……まあ、良いか。

 

 丁度、迷府の職員を乗せた車両もやって来る。俺は彼らを案内してダンジョン内へと戻った。


 *


「結局、分からずじまいだった」


 帰り道、ヨルさんが疲れたように言う。外はすっかり夕暮れ。まだ時間的に余裕はあるが、気持ちいつもより早く歩く。


 あの後、死体やら周囲の環境やらを子細に調査したが、ブルードラゴンが迷い込んだ理由は不明だった。


 まるで、痕跡が残っていない。


「……もしかして、あのドラゴンはテイムされた奴なのかも」


 俺はふと思った事を口にする。


「え?」


「誰にも気づかれず、本来いない場所に魔物を呼び出せるのはテイマーの能力以外、考えられない」


「……確かに、そうかも。でも、もしそうならテイマーはどこに? あの場にテイマーはいなかった。それにテイムした魔物は相棒のようなもの……それを道具のように扱うのは……まさか?」


 ヨルさんは立ち止まった。


「確証はない。あの子がテイマーで、俺たちを攻撃しようとしたなんて……考えたくはない。でも、あの場にいたのはあの子だけだった」


「……何のために?」


「そこまでは……何とも」


 あんな小さい子が三輪のような迷惑系とは思えない。流石に飛躍しすぎだ。もしそうなら撮影ドローンも飛ばしているだろう。

 だが、スマホなどで撮影していた様子も無かった。小さな隠しカメラを用いた可能性もあるが、怪しい動きをすれば俺は分かる。


「ガロウズ・ゲイプの件もあるし、私たちは今後は気を付けて行動しないと危ないかもしれない」


 世界的な犯罪組織……殺人さえ厭わない奴ら。そんな奴らとの全面対決が起こってもおかしくない状況だ。俺はもう慣れているが、一般人が巻き込まれるかもしれない。


「とくに、あなたは狙われてもおかしくない」


「……自分?」


「うん。だってあなたはあつぶさ町事件で大々的に名前を広めた。連中は障害になるディーヴァーは消そうとする。現に奴らの支配地域のディーヴァーの失踪件数は桁違い」


「うわぁ……」


 そこまで好き勝手やってるのに、警察機関から逃げられるだけの術もある。そりゃ迷府も最大限の警戒をするよな。もしSランクディーヴァーに危害が出たら、責任問題で幹部連のクビがいくつか飛ぶだろう。


「だから気を付けて。もし可能なら私があなたを守る」


「え、え?」


「助けてくれたお礼。恩義には応える。それが家の教え」


「それなら、ヨルさんも気を付けないと」


「……私?」


 首を傾げる。


「同じSランクだしさ。何かあったらお互いに協力しよう。そっちの方が安全でしょ?」


「うん……そうだね。ありがとう」


「なんか色々、起きてるけど……乗り越えていこう」


 街の空は赤く染まっている。まるで血のような色だ。不吉を感じさせるが……犯罪組織の好きにさせるつもりもない。

 ……あの少女の事は個人的に追ってみよう。もちろん細心の注意を払って。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る