第56話 刀に眠る友だち


「ひ、ひひ、人違いでは無いでしょうか……」


 こういう時は冷静に無表情に返すのが鉄則だ。だが、あの偽装が看破されて落ち着ける訳がない。魔王の目すら一時的に誤魔化せた最上級の魔法だぞ!? いくらSランクディーヴァーとは言え、絶対に無理だと思ってたのに。


「……嘘をつくなら、もう少し頑張ろう?」


「えっと、あの……」


 どう言い訳するか、どう取り繕うか考えているとエレベーターが一階に到着した。するとヨルさんは俺から離れ、降りていく。


「降りないの?」


「降ります……」


 このまま逃げようかと考えたが、状況が悪くなるだけだ。

 素直に外に出る。


 外は快晴。真夏の日差しが差し込んでくる。コンクリートジャングルの東京の夏は、異世界を巡った俺でも相変わらず辛い。


「……何で分かったんですか?」


 ヨルさんと並び、東京の街を歩く。


「私の刀のお陰。特別な力が宿っているから」


「あの時使っていたもの?」


「うん」


 ヨルさんは路上に設置された自販機の前で立ち止まる。


「何か飲む?」


「財布……忘れた」


「良いよ。奢り。助けてくれた恩人だから」


「……じゃあ、甘えます」


 炭酸ジュースの缶ジュースを貰う。開けると、小気味いい音と共に白い煙が少し上がった。


「私がテイマーってのは知ってるよね」


「日本最高峰って聞いてます」


「日本最高……か」


 ジュースを一口飲み、どこか陰のある表情で空を見上げる。


「……そんな風に呼ばれるほど、私は強くないよ」


「え?」


「私はね、友だちを失ったんだ。自分の弱さのせいで」


 友だち……テイムした魔物の事か?


「ちょっとダンジョン入ろう。ここじゃ見せられないし」


「分かりました」


 丁度、歩いて行ける範囲にEランクのダンジョンがある。特に旨味もない過疎ダンジョンだ。

 都市部から外れ、住宅街の片隅にひっそりと佇む入り口。何の変哲もない日常の中に潜む、非日常の世界への道……。


 改めて眺めるが、ダンジョンの経済効果で一段と東京は発展していた。エクセリオンタワーを中心に目を見張るような高層ビルが乱立し、自分の記憶とは様変わりしている。


 しかし一方でアドバルーンや飛行船と言った、平成初期を思わせる雰囲気もある。一度は廃れたはずだが……なんかの企業が復活させたのだろうか?


 どこもかしこもすっかり変わってしまった世界に、少しだけ置いて行かれたような寂寥感を覚える。


「これが私の武器……妖刀ツグモモ。私の相棒だったツナの今の姿」


 ダンジョン内で抜き放つ黒塗りの大太刀。見るだけで業物だと分かる。同時に一つの生き物の息吹を感じた。


「……眠っているみたいですね」


「あ、分かる?」


「はい」


 俺の目には一匹のキツネの姿が見えた。恐らく彼がヨルさんの相棒だろう。


「本当はキツネの魔物でね。怪我しているところを助けたんだ。そしたら、私とテイマーの契約を結んでくれて……以来、私の友だちとして一緒に戦ってくれた」


 刀を鞘に戻す。


「でも、ある日……魔物からの攻撃を庇って……ツナは」


 致命傷を負った……らしい。

 だが、少なくとも生きてはいる。ただ、刀の姿になったきり一度も目覚めない。


 だから彼を目覚めさせる方法を探し求め、今でもディーヴァーとして活動している。有名になれば多くの情報が寄せられる。その中にきっと、目覚めさせる方法があると信じて。


「私はあなたにお礼を言いたかった。あの悪魔に折られそうになった時……もう全てが喪われると思った……本当に、ありがとう」


「どういたしまして……当然の事をしただけだよ」


 改めて刀を見る。深いダメージで眠っただけなら目覚めさせられる手段はあるな。

 そして今の俺なら、出来る。


「あの刀……見せてもらっていですか?」


「え? 良いけど……」


 刀を両手で受け取る。うん、大丈夫だ。


「起こせるよ、この子」


「……本当、に?」


「任せてくれ」


 俺は両手に魔力を籠める。白い光が掌から溢れ出し、周囲に満ちていく。


「――治癒トリート


 魔法の光が刀を包み込んでいき、その輝きが最高潮に達した。


「っ!」


 やがて徐々に収まると、俺の手には一振りの刀ではなく一匹のキツネが横たわっている。


「ん、お? あれ、ワシ……何してたんや?」


 キツネは起き上がり、目をパチクリさせながら辺りを見渡す。


「あ、あ……」


「おお、ヨルはん。おはようや。すまんな、なんか随分寝てた気がして――うお!?」


「ツナ、ツナァアアアア!」


「な、なんじゃぁ!?」


 ヨルさんは俺の手からキツネを抱き上げ、全力で頬ずりした。

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