第53話 1999年の戦い


 遠目からでも何となく分かっていたが、街は廃墟のように崩壊していた。熱で崩れたとかではなく、何らかの攻撃で壊れた……と言った印象を与える。

 今までと同様、魔物の気配もない。肝心の悪魔の姿も無かった。


「……ハズレか?」


「くっ、所詮はレッサー……下級悪魔の思考などアテにはなりませんか……」


 魔物の遭遇もないし、大魔王関連の成果も出ないとなると骨折り損だ。しかしコメントは未踏の領域に入った事で盛り上がっている。


「でもこの壊れ方……」


「あ、ハク様も気になりますか?」


「ああ。熱で溶けたんじゃない。明らかに外部からの攻撃だ」


 俺は廃墟群を見上げる。半ば倒壊している物や壁が崩落している建物、中の骨組みが露出している物など、凡そもう都市としては機能しているようには見えない。

 しかも最近ではなく、かなり前のようだが……熱で劣化が早まった可能性もあるけど。


「煉獄ワームの仕業でしょうか? 悪魔の姿も見当たりませんし……」


「悪魔がいなくなってワームに荒されたのか、それとも……」


 試しに一つの建物の中を覗く。中は当然、赤く燃えるように発熱しているだけの空き部屋だ。家具などあるはずがない。


「………」


 悪魔は利巧な種族だ。これだけの都市機構をもし放棄したのなら、何かしらの原因がある。それも大きな何かだ。


「……ここが街のハズレのようです。ここから先はまた何もない灼熱の空間ですね」


 フィオナの言う通り、先は赤く染まるだけの空間がどこまでも広がっていた。いずれ行き止まりにぶち当たるだろうが、それを調べるつもりはない。また引き返し、虱潰しに空っぽの建物を総当たりで踏み込んでいく。


「……建物の材質は不燃と耐熱の素材が使われています。アースシアでも希少なモノですが、チキュウのダンジョンにもありますか?」


 俺はディバイスのカメラで映す。結果は、該当なし。未知の素材だ。


「使われてないな。相当、手間をかけて作ってるぞここ」


「ええ。しかもこれだけの大都市を……何故」


 また別の建物に入る。そこは聖堂に似た感じで、完全な形だった頃は立派な装飾が施されたものだったんだろうと予測できる。その様式は魔界で使われているものと一致した。


「ハク様!」


 俺たちの会話で視聴者さんが混乱しないよう、ドローンを遊覧モードにして背景中心に映すように設定した時、フィオナが何かを見つけた。


「……それは」


 ミスラルの銀で作られた書物。可燃性のものは持ち込めない魔界で生まれた技術だ。


「本棚のような空間に一冊だけ残されていました」


 頁を開くと、未知の言語で認められた文章が整然と並んでいる。


「古代ユーサネイジア文字……昔の魔界語ですね。今でも悪魔たちが暗号代わりに使ってます」


「読める?」


「もちろん!」


 フィオナは頁をめくる。


「……これは」


 暫く流し見を続けていたが、突然顔色が変わった。


「何か分かったか?」


「……1999年」


「え?」


「『1999年、チキュウ侵攻の計画は打ち切られた。この都市も放棄されるだろう。しかし再び目覚め、我らの同胞の足掛かりにならん事を望み、この記録を残す』」


 ……まただ。また、世紀末。異世界の文言の中に1999年の文字が出てくる。どうなっているんだ?


「……破損が多くて読みづらいのですが、読める箇所だけ一先ず読みます。『我らは――により生み出されたここに拠点を作った。全てはチキュウ侵――のために。それこそが悲願だからである』」


 フィオナは続ける。


「『しかし、我らの願いは――に阻まれる。――の、――……すみません、ここは欠落が酷いので飛ばしますね」


 数ページほどめくり進め、再び音読が始まった。


「『こうして我らは戦いに負けた。だが、再び戻るだろう。その時は今よりも大きな恐怖を携えて。人間どもが〝1999年の戦い〟を隠すのなら、もう奇跡は起こらない。その時こそ、再び都市は蘇るだろう。そしてその玉座に――様が座る日を、我らは夢見ている……』」


 パタン、と本は閉じられた。


「……1999年の戦い?」


 なんだ、それは……。

 俺の知らない、ネットの記録にもない何かがあったのか?


「ハクア様……もしかしたら、チキュウには知られざる真実が眠っているのかもしれません」


「……でも、ダンジョンが出たのは一年半前だぞ? 1999年なんてノストラダムスの予言で良くも悪くも熱狂していただけだ」


「とりあえず、この本も分析します。何かが分かるかもしれません」


「あ、ああ。頼むよ」


 俺の知らない何か……?

 1999年に全ての秘密が隠されているのか?


 一体――何が。

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