第40話 真逆の二人



「ハハハァ! これを見ても同じ事がほざけるか、クソガキ!!」


 激しく盛り上がる三輪の全身。凡そまともな状態ではない。魔法によるバフか、アイテムか……。

 どっちでも良いけど。


「死ね!!」


 丸太のような腕が頭上に振り下ろされる。ゴン! と脳天にぶつかるが、予想通り何ら痛痒も感じない。


「な、バカな!? 何で平然としてるんだよお前はァ⁉」


「テメェのパンチが弱すぎるだけだろ。いいか、殴るってのはな――」


 俺は地面を軽く蹴り、距離を潰す。


「ヒッ!?」


「こうやるんだよ」


 咄嗟に両腕をクロスさせガードしようとするが、その上から俺は拳でぶん殴る。


「ぐぎゃぁあああ⁉」


 腕が大きく歪んで凹み、三輪は血反吐を吐きながら吹き飛ばされた。更に背後の木々を何本もなぎ倒しながら飛ばされ、大岩にぶつかってようやく止まる。


「あ、ゴハッ、う、腕が、俺の腕が!?」


「喚くな。散々人を殴っておいて、大袈裟な奴だ」


 痛みに転げ回る三輪に近づき、その首を締め上げて釣り上げる。


「ガハッ、止めろ! 息が、できな……!」


「数字のためなら何でもやるんだろ? テメェの吐いた論理じゃねぇか」


 俺はドローンに見せつけるように三輪の面を突きつけた。この悪趣味な配信を見ているのはダークウェブの連中ってのは分かっている。

 ダンジョン配信でも闇サイトが関わるなんて、犯罪の影は何処にでも湧いてくるな。俺は三輪を投げ捨てる。


「が、ゴホッ! てめ、人気ディーヴァーがこんな事して、無事で済むと思うなよ!! テメェも終わりだなぁ!! 俺と一緒の地獄へ落ちろよ!!」


 咳き込みながら三輪は耳障りな笑い声を上げた。


「……別にいいよ、終わりでも」


「な、何!?」


「どうせこれを見てる奴らは警察に通報なんて出来ないよ。もし、されたところで構わない」


 正直、今はもう大魔王の方が大事だからな。それでも続けるのは見てくれる視聴者さんがいるから、ってのが最大の理由だ。


「ふ、ふざけるなよ。だからお前みたいな甘ったれ配信者はムカつくんだ! 俺が欲しかったものを簡単に捨てるとか言いやがってよぉ!!」


「テメェの都合なんざ知らねぇよ」


 今更、もっともらしいお気持ち述べたって響くかよ。アホが。

 いきり立って突進してきた三輪を躱し、カウンターで足を引っかけてすっ転ばす。無様に顔面から倒れ込んだ。


「ち、畜生……! なんでだ!? 何でお前みたいな奴はそうやって!! のうのうと数字を稼いでいくんだ!! 俺がどんなに頑張っても取れなかった数字を、そうやって簡単に稼ぎやがってよぉ!! 少しは分けろよ!!」


 もう言ってる事めちゃくちゃだな。

 妬み拗らせての逆恨みかよ。もしDD動画で活動してても遠からず自滅しただろ、こんなバカ。


「お前みたいな奴には、俺は何の苦労もしてないぬるま湯のボンボンに見えるんだろうな。それで良いよ、うん」


「うるせぇ! 俺は全部失くして……それでやっと、このクスリを手に入れて!! これから駆け上がんだよ、このスターダムを!! 邪魔すんじゃねぇぇえええええ!!」


 ……これが承認欲求で狂い果てたディーヴァーの末路か。

 俺も、こんな風に数字に憑りつかれないようにしよう。


「周りに迷惑かけまくって手に入れた、糞みたいな名声がそんなに欲しいのか?」


 雄叫びを上げながらまた突っ込んできた三輪に向かい、俺は拳を作る。


「もう一度、言うぞ。


 その顔面へ、叩き込んだ。


「半死半生で反省してろ、ボケ野郎」



 激しくバウンドし、地面に投げ出された三輪に近づく。完全に白目をひん剥いていたが、生きてはいる。尤も、五体満足で生かすつもりもなかったが。

 両腕は本気で砕いたので、二度と使い物にはならないだろう。


 俺は三輪のポケットを弄る。奪われた銅鏡と勾玉を取り返した。だが、果たして間に合うか……。


 急いでアワヂお婆さんとカナタの元へと戻った。


「ハクア! 無事だったのかい? あいつは……」


「倒しました。まともに動けませんよ」


 俺は依り代を差し出す。


「そうだね、すぐに秘術の準備に――」


 突然、お婆さんの表情が強張った。目を見開いて固まっている。


「お婆ちゃん……」


 同じくカナタも小刻みに震えていた。


「……間に合わなかったか……ッ!」


「え?」


「封印が……破られた」


 手に持っていた勾玉と銅鏡がするり、と滑り落ちた。地面に落下すると同時に、どちらも粉々になって砕け散る。


 ――刹那。


「昏々、今日も根無し草。昏々、今日も飯が無い。でも今宵は違うぞ、蘇るぞ」


 宿で聞いた時と似たフレーズの歌が森の中から聞こえてきた。何か重いものが歩く足音も近づいてくる。


「ハクア、すまない……もう終わりだ……」


 諦めたように座り込むアワヂお婆さんの前に、森の中から巨人が現れる。一見すると巨大な赤子に見えるが、その顔つきは不釣り合いなほどの邪笑を貼りつけていた。


「見つけた見つけた見つけた! オデ、封印した忌まわしき血の末裔! 許さない許さない許さない!」


 無数の人の声が重なったような声音で、赤ん坊はゲラゲラと笑う。その手は三輪が片足を掴まれ、宙づりにされていた。


「た、助けてくれ!! 助けてくれぇ!!」


 自由な片足を振り回し、暴れる三輪。だが赤ん坊はそれをひょいと、口元まで運ぶと、まともなら顎が外れるくらいの大口を開けて丸呑みにしてしまう。


「人間、オデの餌。餌がオデを封印したの、絶対に許さない」


 ゴリ、と嫌な音と共に三輪の絶叫が響き渡る。


「頼む、お願いだ助けてくれ!! 死にたくない、死にたく」


「うるさい」


 頭部が犬歯に磨り潰される。夥しい量の血が溢れ、赤ん坊の口から滴り落ちた。


「あ、うあ……」


 地獄のような光景にカナタがへたり込む。アワヂお婆さんに抱き着くが、お婆さんも眼前の捕食シーンを見上げる事しか出来ていない。


「次、オマエラの番。でも楽には殺さない。生きたまま、臓腑食う。オマエラの血肉がオデを強くする」


 鮮血に染まった人差し指を向ける。


「なるほど」


 これが祠に封じられていた名も無き怪物……。

 果たして、その力はどれほどか。


「おい、デカブツ野郎。俺を無視すんなよ」


「……何、オマエ? オデの邪魔する?」


「ああ。邪魔しようかな」


 相手にとって不足はない。今回は魅せプ無しだ。


「ウ、ウフフ、生意気な人間! ならオマエから食い殺す!! オギャアアアアアア!!」


 赤子の絶叫が響き渡り、俺はスオウとトキワを構えて飛び出した。

 

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