第39話 怒り
「いえ、少し危険ですが転移魔法で直接乗り込んだ方が早いと思います」
「転移、魔法? ワープみたいなことも出来るのか?」
「はい。車ごといけますよ。ただ、ワープ到達地点は駅のロータリーなので、何かが起きている場所のど真ん中に出るハメになります」
「チンタラ戻ってる時間も惜しい。頼む、やってくれ」
「――分かりました」
俺と文六さんは消防車に乗り込む。転移魔法を発動させると、すぐに周囲の景色が歪み、崩れていった。
そして崩れた景色同士が混ざり合い、今度は駅前ロータリーの風景を作り出す。
「着き……ました」
俺はその光景を見て、言葉に詰まった。
三つあった篝火は全て倒され、散らばっている。駅も何か強い力によって破壊されて、崩壊していた。
「な、なんでこんな……!」
文六さんは消防車から飛び出る。
あちこちに人が倒れていた。
「武田のオッサン! 大丈夫か!? 何があったんだ!」
その中の一人、大柄なねじり鉢巻きの男……武田のオッサンを抱き起している。
「へっ、随分と早く戻ってきたな……少しはやるじゃねぇか」
薄っすら目を開け、相も変わらず憎まれ口を叩くが弱々しい。当たり前だ、腹部が真っ赤に染まっている。
「喋らないで。今、治します」
「俺は後で良い。みんなの方が酷い怪我なんだ……!」
傷口に手を翳すが、その手首を握られる。
「あいつだ……! あの三輪とか言う奴が……!!」
「……どういう事ですか?」
あの男は警察に引き渡されたはずだ。何でこの場で野郎の名前が出てくる?
「俺も分からねえ! あの野郎はいきなり出てきて、襲ってきたんだ……ディーヴァーみてぇなカメラを回して、俺たちを撮影しながら……!」
「もう良いです。分かりましたから、喋らないで!」
「婆さんとカナタが連れ去られた! 悔しいけど、俺はあいつに手も足も出なかった……お願いだ、二人を……助けてくれ! 頼む……ッ!!」
口から血を流し、涙を流し、オッサンは訴えかける。アースシアで味わってきた無数の地獄と重なる。
……もう二度と、こんな光景は見たくなかった。
地球なら平和に過ごせると思っていた。
それなのに。
何でそれを奪おうとするんだろう。
まあ……、良いさ。
奪おうとするなら、護るだけだ。
そして今度はお前が奪われる側になる事を、思い知らせてやる。
「――
漆黒の空を切り裂き、一条の光が差し込む。地獄と化した赤黒い世界を、優しい光が包み込んでいく。
「……き、傷が」
オッサンのゾッとするような傷が塞がり、顔色は血色を取り戻す。周囲で倒れていた人たちも傷と汚れが清められていった。
「……痛みが消えた」
「オッサン、起き上がって平気なのかよ!?」
「ああ、もう何ともない……」
傷を抑えていた手を離す。血だらけだが、出血は完全に止まっていた。
倒れていた人たちも起き上がって、周りと自分自身を交互に見ている。
「お前は……いや、あなたは……一体」
「文六さん。みんなを頼みます。この光があるうちは、どんな怪我も受け付けません。俺はその間にカナタとお婆さんを助けます」
「わ、分かった! 気を付けろよ」
「……はい」
俺は軽く頷き、跳躍した。
*
「お婆ちゃん……!」
カナタは必死に呼びかける。いつも力強く周囲を牽引していた老婆は、今は泥と血に染まり荒い呼吸を繰り返す。
しかしその双眸だけは鋭く、彼を睨みつけていた。
「ギャハハ! ザマァねぇな! ババア!!」
男――三輪ケイジはほくそ笑む。その手には依り代の勾玉と銅鏡が握られている。
「俺をサツに突き出して安心したか? 残念だったなぁ! 今の俺はポリ公なんざに負けねぇぜェ!!」
そう叫ぶ彼の目は血走り、骨格は人のそれの数倍にまで膨れ上がっている。明らかに正常な状態ではなかった。
「俺にはなぁ、切り札があったんだよ! 最高だぜェこれは! どんなヤクよりも一発でブッ飛べる!」
男は蛇のように長い舌を出す。その上には一粒の錠剤が乗せられていた。
「アンタ……こんな事をして、死にたいのかい? 封印が破られたらアンタも死ぬんだよ」
アワヂは怒気を孕んだ声で静かに語りかける。
「構わねぇよ。人がどれだけ死のうが俺が死のうが関係ねぇ! 数字が取れりゃ、何しようが正義なんだよ!! 今の世界はな!」
両手を広げ、恍惚の表情で叫ぶ彼の周囲をドローンのカメラが巡った。
「分かるかぁ? ディーヴァーはな、数字が全てなんだ! そのためにどいつもこいつも浅知恵絞って人気を得ようとしているんだ。でもなぁ、俺は違うぜ。俺はもっと楽で確実な方法を見つけたんだよぉ……」
「それが、迷惑系かい。救えないねぇ……」
「……あ?」
「アンタや、アンタみたいな奴のせいで白い眼で見られてるんだよ、あの子は!! あんなに良い子が……恥を知りな!! それでも大人かい――」
遮るように、三輪の蹴りがアワヂの顎を蹴り上げる。
「黙れ、黙れよぉ。誰に向かって、口利いてんだテメェは」
「お婆ちゃん!!」
そのまま蹲ったアワヂに容赦のない苛烈な暴行を加え続けた。何度も蹴り付けるが、駆け寄ってきたカナタを見て三輪は相好を崩した。
「そうだ、テメェは痛めつけるよりこっちの方が効くだろ」
「ッ、キャァ!?」
カナタの両腕を掴み、押し倒す。
「っ、何をするつもりだい!?」
「ハハ、そう騒ぐなよ。ガキには興味ねぇからな。ただ、こうするだけだ!」
そしてもう片方の手で首をゆっくりと締め上げていく。
「カ、ハ……!」
目を見開き、両足をばたつかせるカナタ。
「止めないか!! アンタは子供を殺すのか!?」
「ああ、数字のためなら俺は何でもしてやる。もう俺は一線超えちまってるからなぁ! ヒャッハアハ!!」
涎を垂れ流し、完全に正気を失っている形相で三輪は首を絞め続ける。
「止めろ!!」
血を吐きながら絶叫するアワヂに男はにんまりと笑みを浮かべた。
「止めて欲しいかぁ? なら誠意を見せろよ。土下座だ! 俺に詫びるなら許してやるぜ!」
「く、この……!」
「ほら、早くしないと死んじゃうぞぉ?」
「お、お婆ちゃん……」
歯をギリギリと食いしばり、アワヂは蹲り額を地面に押し付けた。
「ぐ……、あ、アタシが悪かった。だから、どうか、カナタを奪わないでおくれ」
「――プッ、ギャハハハハ! マジでやりやがったぞコイツ!! ダッセェ、マジでダッセェ!!」
馬鹿笑いしながら三輪は土下座する彼女の頭をブーツで踏み躙る。
「でも、駄目でーす。許しませーん」
「なっ!?」
「そこで見てろよ! なに、すぐに後を追わせてやるからなぁ!」
そして今度は両手で一気に力を籠める。
無力に暴れるしかないカナタは、自分に覆い被さる男を見つめていた。嗜虐的な笑みを貼りつけ、ほくそ笑む男。
これが、彼女の見る最後の光景――
とは、ならない。
「その薄汚ねぇ手を離せよ、ゴミ野郎」
「へ? ――ブギャア!?」
強烈な飛び蹴りが、男の頬を蹴り抜く。血の線を引いて吹き飛んだ三輪の顎はぐしゃりと歪んでいた。
「……! ハクア!!」
「ハ、ハクアさん……!」
二人は見つめる。空から舞い降りた一人の少女を。三輪とは正反対の、見返りも報酬も求めない少女を――。
「……間に合ってよかった」
ハクアはカナタを助け起こし、アワヂの元へ連れて行く。
彼女が老婆の顔に触れると焼けつくような痛みが途端に癒えていった。
「あとは俺がやります」
そう言って、立ち上がる。
「ぐが、テメェ、あの時の!! ハハハ、丁度いいぜェ!! テメェもぶちのめして――」
「黙れ」
男の濁声を遮る。その声音は底冷えする風のように冷たく、一切の感情も含まれていない。
「お前は調子に乗り過ぎだ」
その眼は細く、心底から湧き上がる侮蔑の色に染まっている。
「今度は腕一本極めるだけで済むと思うなよ、クソ悪党」
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