第38話 炎の海で


 墜落したヘリコプターは町の近くの森に落下した。爆発炎上し、赤い炎と黒煙が上がっている。


「なんて事を……!」


「おい、報道屋の規制はどうなっているんだ!!」


 最悪だ。犠牲を出すなって言ってるのに……しかも山火事になるぞアレは。


「チッ……テレビ局はいつの時代でも鬱陶しいねぇ! 文六、消防車を回るかい!?」


「すぐに出せるよ、ばーちゃん!」


 俺とカナタを覗くと、このメンツの中で一番若い文六さんが消防車の鍵を見せる。


「ハクア、悪いが文六を守ってやってくれ! 山火事になったら周辺の町にも甚大な被害が出かねん! ここはあたしらが受け持つ!」


 避難が済んでるのはこの町だけだ。近隣の町にも勧告は出されてるはずだが、麓の町は大きい。そう簡単に終わるとは思えない。


「分かりました!」


「ハクア、車はこっちだ! 急げ!」


 走り出した文六さんに続き、消防車が止まっている詰め所へとダッシュする。ここから魔法で消火させる事も可能だが、生き残りがいたら巻き込まれる。犠牲者を出せば奴はそれを食って強くなってしまう。


 あの炎で生きているとは思えないが、万が一の可能性でも拾っておきたい。


「行くぞ!」


 消防車(最新の林野火災工作車)に飛び乗り、エンジンをかける。赤色灯とサイレンを鳴り響かせ、詰め所から飛び出した。


「あの山なら道が続いてるから現場まで乗り付けられるはずだ……ただ……」


 心配そうに空を見上げる。真っ黒な雲から降り注ぐ影を眺める。間もなく地面に着地する。


「こっちに来る奴らは全部、斬り捨てます。そのまま走ってください」


 俺は窓から車の屋根へと移動した。街灯がたまに点在するだけの闇夜に、それよりもなお昏い影が降り立ち、不格好な人型となって置き上がっていく。


「うお、アレが遥か昔にこの町を脅かしたバケモンかよ……! 悪い夢を見てる気分だッ!」


「構わず走って!!」


 スオウ、トキワを構える。


「人間、見ヅゲダ……人間食ウ!!」


「オデ、封ジタ人間ト神、絶対許サナイ! 全部食ウ!!」


 その見た目とは裏腹に、不気味なほどの俊敏さで駆け寄ってきた影共を、


「邪魔だ!!」


 風と炎の刃で斬り捨てる。真っ二つになり、消滅するのを見届けると次の影へ狙いを定めた。


「ハハハッ! アンタ、マジでスゲェな! あいつを倒せるのはばーちゃんとカタナちゃんだけだと思ってたのによ! 武田のオッサンも腕相撲でノしちまうし、何モンだ!? ディーヴァーってのはとんでもねぇな!」


「正面から来ます、気を付けて!」


「分ぁーってる! 振り落とされんなよ!!」


 真正面から突っ込んできた影を避けるように、消防車はタイヤを軋ませながら横滑りする。


「フッ!!」


 その影をすれ違いざまに一刀両断。倒れ込みながら消滅した。


「一丁上がりィ! ザマァ見やがれッ!」


「次、来ますよ!」


「えッ!? うお!」


 また襲い掛かってきた影を今度はアクセル全開で消防車で轢き潰す。乗り上げたように車体が大きくバウンドし、バンパーから火花が散った。


「ウヒィ、まだこの車、町の経費で買ったばかりなんだぜッ!? あまり壊すとばーちゃんに殺されちまうよ!」


「仕方がありません、今は構わず行きましょう」


「ああ、これが人じゃなくて本当に良かったぜ!」


 迫り来る影を切り倒し、跳ね飛ばし、ようやく燃えている山に続く登山道へと入る。この辺はまだ影が来ていないのか静かだったけど、時間の問題だろう。もし生きている人がいるなら食われる前に助けなければ。


 急な坂道を駆け上っていくと、木立から赤い光が見え隠れし始めた。


「クソ! もう燃え広がってやがる! 鎮火できっか、コレ!」


 火災現場の近くで消防車を止め、いつの間にか消防服を着込んだ文六さんはコンテナから道具類を引っ張り出す。


「とりあえず放水銃で火を消す! じゃないと墜落現場に近づけん!」


「いや、道は俺が切り開きます」


 手を差し出し、魔法陣を展開。


落ちろ、連冰瀑カスケードフロワ!」


 空から四つの線が炎の中へと走り、一瞬の間を置いて極限まで圧縮された水のレーザーがその線をなぞるように投射。

 着弾と同時に、絶対零度でありながら凍る事のない魔法の水が燃え盛る業火を水蒸気に変えた。


「……ふぇッ!?」


 目の前の光景に腰を抜かしそうになっている文六さんへ呼びかける。


「行きましょう。生存者がいるなら、遠くには行けないはずです」


「お、おう! 待ってろ、今LEDを付ける!」


 消防車からLEDライトの照明塔が上がり、闇夜を明るく照らし出した。


「誰かいないか!? 声でも光でも良い、合図をしてくれ!!」


 拡声器で呼びかける。返事はない。


「とりあえず、ヘリの墜落場所まで行くぞ!」


「はい」


 文六さんを先頭に、焦げ臭い森の中を進む。数十分程度で鎮火できたのに、辺りは真っ黒に炭化していた。相当な火勢だったのだろう。この分では生存者は……。


「うっ、コイツはひでぇ……」


 特に一番、激しく燃えたエリアに骨組みだけになったヘリコプターの残骸が散らばっていた。


「駄目だ、黒焦げだ。お前は見るなよ」


 ヘリコプターに近づいた文六さんは顔を顰めた。死体はもう何度も見てきてるんだが、このナリなので気遣われている。素直に受け取り、近寄るのは止めておいた。


「二人だ。パイロットと……カメラマンだな。テレビカメラもほぼ溶けちまってる」


「………」


 余計な手間をかけさせてくれたが、死人にとやかく言うつもりはない。

 俺は黙って目を閉じた。


「ばーちゃん? 聞こえるか? 生存者は無しだ! 皆死んでるよ! ばーちゃん! よく聞こえないぞ、電波が悪いのか? おい、ばーちゃん!! ――クッソ、携帯も使えねぇ! この火災で基地局がやられたのかもしれん!」


「戻りましょう。既に戦いが始まっているはずです」


「ああ、そうだな!」


 俺たちは来た道を引き返そうとした時だった。微かな声が耳に届く。


「……?」


「どうした?」


「今、何か……」


 耳を澄ます。


「――たす、けて……」


「こっちです!」


 声の方へ走る。そこは岩で囲まれた小さな穴倉のような空間だった。懐中電灯の明かりを入れると、煤塗れの女性が一人、倒れている。


「生存者!」


 俺は女性の肩を持って穴倉から慎重に助け出す。周りを岩で囲まれているから焼かれずに済んだのだろう。自然に作られたシェルターのようなものだ。


「うお、この人知ってるぞ。DTVの大人気リポーター、島田リサだぜ」


 回復魔法を施しながら、状態を確認する。両足の複雑骨折と脱水症状……命に別状は無さそうだ。


「脱水症状とケガが酷いですが、魔法で治しました。多分すぐに目を覚ますと思いますよ」


「……アンタ、本当に何でもできるんだな。俺もディーヴァー目指そうかな?」


「手足が吹っ飛んでも諦めなければ、いずれ辿り着けますよ」


「やっぱ止めるわ!」


 女性を二人で運んでいき、消防車の後部座席に乗せる。


「さあ、急いで帰ろう。まだ戦いが始まってなければ良いが……おお!?」


 突然、夜空に赤い信号弾が上がる。位置的にも駅前ロータリーからだが……あの色は。

 文六さんが持っているスマホが鳴り響く。


「おい、どうしたカナタ? ばーちゃんは!? え? 何!? おい、何があった! おい! ――クソ、また切れた!!」


「どうしたんですか?」


「助けて――、そう言われた。ハクア、少し飛ばすぞ」


 次から次へと……!

 ――赤色の信号弾は、救難要請だ。


 


 

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