第37話 戦いの始まり


 町へは転移魔法で戻る。一度行ったことのある場所じゃなければ使えないが、画期的な移動法に変わりはない。


 夕闇に包まれた駅前ロータリーに降り立つ。大きな篝火が三つ焚かれ、火柱が派手に上がっている。

 選抜された町人たちは全員、神主みたいな服装に着替えていた。お婆さんもカナタと同じ巫女服を纏っている。


「来たね。無事に届けられたかい?」


「はい。案の定、妨害されましたが」


「仕方ない。でもアンタのお陰だよ。あたしらだけじゃ、無事に届ける事は出来なかった」


 アワヂお婆さんは玉串を手に取る。


「あとは……迎え撃つだけだ」


 祭壇には残る二つの依り代が置かれていた。一つは銅鏡、もう一つは勾玉。最後の一つは短刀だと言う。見た目も美しく、何も知らない金持ちなら欲しがりそうなデザインだとお婆さんはボヤいた。


「さあ、準備はいいか? 作戦の内容は頭に叩き込んだな」


 作戦はこうだった。

 残された二つの依り代を一か所に設置し、化け物を呼び寄せる。そして奴が来たところでお婆さんとカナタが秘術を使い、大打撃を与える。それで倒せるなら良し、不可能だったら俺がトドメを刺すか、再封印を施す……と言うものだ。


「アンタは切り札だ。敵の総大将との戦いになる。しかも見返りなんてない……それでも、やってくれるか?」


「はい」


 勇者は頼まれて戦うもんじゃない。俺が俺の意志でやると決めたんだ。そんなものはいらない。


「……ありがとう」


「お礼は戦いが終わってからで」


「ハハ、そうだね……戻ってくる頃には準備を終えている。おい、アンタらはしっかりハクアを守るんだよ!」


「へい!」


 俺は術が発動するまで化け物を足止めする。片割れとやらは簡単に倒せたが、大元はどうなるか分からない。アースシアでは星の数ほどの強敵を倒してきたものの、根拠のない驕りは身を滅ぼす。

 明確に効果を出せる手段があるなら、そっちに任せた方が良い。


「皆さん……奴が、速度を速めました。この分では間もなく到達します」


 カナタが重苦しい表情で告げる。

 西の空から凄まじい邪気が流れ込んできた。


「おいおい、夜中じゃなかったのかよ……」


「フン、大方自分の身体を見つけて興奮したんだろうよ」


 物見やぐらの鐘の音が遠くから鳴り響いてくる。


「来るぞ!!」


 誰ともない声。屈強な男衆が弓に破魔矢を番えた。夕闇に紛れ、どす黒い雲が物凄い勢いで広がっていく。


「……アレが……厄災」


 町の上空に広がった黒雲から、無数の影が落ちる。俺が倒した片割れに似ている。


「時間を稼いどくれ! 五分で良い!!」


「お安い御用だ」


 俺はスオウとトキワを抜刀した。



「こちらはリポーターの島田です! 私は現在、あつぶさ町の上空に来ています! 皆さん、見えるでしょうか? 町は突如として黒い雲に覆われています!」


 ヘリコプターのエンジン音に負けない音量で、落ち着いた色合いのスーツを着た女性がカメラマンに向かって喋る。


「この黒雲はいきなり現れました! しかし気象庁の雨雲レーダーには一切映っておりません! ただいま、この町では重大な危難が起きており、Sランクディーヴァーに出動要請が出されたとの情報も入っております!」


 カメラマンは開け放たれた窓から外の光景を撮影する。どす黒い雲が幾重にも層を成し、視界は酷く悪かった。他局のヘリと接触事故を起こすのではと内心、焦るもそれを伝える権利も発言権もない。ただ黙ってカメラを回すだけだ。


「それがこの黒雲と関連があるかは不明ですが、確かに何かが起きているようです!    私たちの眼下では大きな篝火が三つ、焚かれているのが見えますでしょうか? 恐らく町の人たちが用意したものと思われます! 何かの儀式でしょうか?」


 夕闇の中、煌々と火柱を上げる火を映す。


「町には入れませんが、引き続き、私たちは最前線から映像をお届けしようと――」


 その時だった。報道ヘリコプターの機体が大きく揺れる。


「な、何!?」


 投げ出されまいと座席にしがみつく島田。機内にはアラートがうるさいほどに鳴り響く。


「何かがテールローターを破壊した! 制御不能、制御不能! メーデーメーデーメーデー! 制御不能、落ちる!!」


 ヘリコプターは激しく回転し始めた。パイロットが操縦席で奮闘するが、機体は完全にバランスを失って墜落していく。


「そんな、あああああ⁉」


 カメラが迫り来る地面を目いっぱい映した瞬間、ヘリコプターは激突――大破炎上。その様は全国ネットで放映され、更に他の報道局のカメラが一部始終を捉えていたため、日本中がその衝撃的な光景に震撼した。



 

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