第36話 避難作戦


「護衛ですか?」


 てっきり前線で戦うように言われると思っていたが……。


「ああ。あたしらには周りの被害度外視の切り札の秘術があるからね。でも周辺住民や観光客がいると、どうしても使う訳にはいかなかったのさ。でもアンタがいるなら避難作戦も出来るはずだ」


 アワヂお婆さんはニヤリと笑う。


「奴は小賢しい。今のままでは人を食らったり、物を壊したりは出来ないが、完全体として目覚めた時にエサが無いと困るからね……住人が逃げようとすれば、絶対に妨害してくるはずだ」


 二つも封印が揺らいでる今、直接的な被害は出せなくとも何らかの超常現象くらいは引き起こせるとの事。車を動け無くしたり、道に迷わせたり。幻覚を見せて錯乱させて来る可能性もあるようだ。


「電車で個別に避難させるのは?」


「駄目だ。封印が壊れかけた時点で、奴はもうこの土地にいる全ての人間に因縁を付けている。単独行動なんてしたら、どうなるか分からんぞ。被害を出せば、その分奴は成長する。絶対に犠牲は出してはならん」


 うわ、執念深いにも程があるだろ……。


「避難作戦が終わったら、アンタはすぐに戻って来ておくれ。図々しいってのは、百も承知だ……頼む。力を貸しとくれ」


「……はい」


 俺はお婆さんの手を固く握りしめた。



 すぐさま町の行政を通じ、避難勧告が発令される。ダンジョンの職員はいきなりの事態に難色を示すが、お婆さんの一喝で押し黙った。


「いいかい? 今夜中にもここは戦場になるんだよ! もし一般人に被害が出たらアンタらの首がすっ飛ぶくらいじゃ済まないんだ! 分かるかい!?」


「か、かしこまりました!」


 職員の手配で貸し切りのバス二台用意され、小さな駅前のロータリーは騒然とした雰囲気に包まれていた。早くもニュースの匂いを嗅ぎつけたのか、報道屋のヘリも空を迂回している。


「現在、Sランクディーヴァーに出動要請を出しましたが、百瀬ヨル氏は先日の事件で都内の病院で療養中……翠帝氏とダブルフェイス氏は海外のダンジョンで活動中のため、果たして間に合うかどうか……」


 気弱そうな感じの職員は聞いてもいないのに喋る。テンパっているのか、落ち着きがない。


「それ、俺に言って大丈夫なんですか? 普通に機密情報では?」


 ディーヴァーの動向は有名人ともなれば秘匿される。ほぼアイドルみたいなものだからな。どこにいて、どこで活動しているかは本人が言うまでは分からない方が良い。


 やっぱこの町の職員は何処か慣れてない感じがする。迷府も経験、人手不足なのだろう。都内のダンジョンの職員は手慣れていたが、地方は手が回らないんだな。


「わ、分かりません。でも何か、しゃ、喋ってないと不安で……こ、こんな事、初めてですよ……ここは年寄りばかりだから荒事は起きないって、先輩は言ってたのに!」


「……ほら、あっちで列が乱れてますよ」


「え? ああ、もう!」


 確かにみんな浮足立っていた。避難も年配者が多いせいで遅い。流石にあと数時間で終わるだろうが、道中の移動も考慮しないとな……。


 ちなみに避難民の行先は、麓の大きな寺が請け負うらしい。そこもかつての僧侶の子孫が後を継いでおり、土地が広大なのは避難先として受け入れるためだという。

 結界があるので一先ずは安全な場所だと言うが、化け物が完全に復活してしまったらここら一帯、全ての人が危機に陥るだろう。


 失敗は許されない。


 それから一時間ほどでようやくバスが出発できる体制になる。町の人口自体は少なく、シーズンでもないので観光客や配信目的のディーヴァーも多くはない。ダンジョン職員が用意した大型バスでも事足りた。


 俺は先頭の一号車のバスに乗って有事に備える事にした。


「おお、巫女さんが乗るなんてやはり、祠が壊されたのは本当だったんじゃ! ナムアミダブ……ナムアミダブ……」


「ちょっとぉ、こんなジジババまみれのバスとかあり得ないんですけどォ? 電車で帰らせてよ!」


「ママー、みんなでバスに乗って何処へ行くの? キャンプ? お泊り?」


 雑然とした車内に様々な声が聞こえてくる。俺は周囲を警戒するが今のところは問題なし。

 こういう魔物ではない霊的な存在はアースシアでも見た事は無いが、試してみたら知覚するのは容易だった。巫女のカナタも存在を探知できるが、スキルではなく生来の能力らしい。

 

 バスは右に左に小刻みに曲がる。いろは坂のような曲がりくねった山道だ。


「……なんだ? 後ろのバスがやけに近いな」


 バスの後部に取り付けられたカメラを見て運転手がぼやく。


「ったく、山道なんだから、そう急かすなよ」


「………」


 俺は察する。何か良くないものが近づいてきていた。

 多分、これが霊的なモノって奴だろう。


「……ち」


 俺は迷わず、運転手に呼びかける。


「ドアを開けてください!」


「え、あ、は、はい!」


 昇降口のドアが開き、俺は外へ身を乗り出した。バスの天井の縁に手をかけ、屋根によじ昇る。

 見えるのは、バスの車列とそれを追いかけてくる巨大な火の玉。


「白昼堂々出るとはな」


 俺は腰からトキワを抜刀。そのままバスの屋根を駆け抜け、迫ってくる火の玉へ肉薄した。


「墓場に、帰れ」


 斬! と横一文字に両断。強烈な風を帯びた刃は一太刀に切り裂き、火の塊を霧散させた。

 後ろのバスがスピードを速めたのはこれか。早く倒した事を教えないと。俺は屋根から運転手側の窓を覗き込み、コンコンとガラスを叩く。


「ヒィ!? 妖怪がここまで!?」


「違いますよ! 人間です」


「え……ああ、巫女さんでしたか! 驚かさないでください……」


「それよりも、スピード落としてください。火の玉は倒しましたよ」


「火の玉……? 何ですかそれ?」


 運転手の両目がググっと白目を剥いていく。アクセルを踏み込んだのか、エンジンが唸りを上げた。


「何、ですかそれぇえええええ?」


 口の端から涎を垂らし、奇声を発する。


「はいはい、分かってるからね。最初から」


「グエッ!?」


 強引に窓ガラスを取り外し、車内に飛び込みながら運転手の横っ面を蹴り飛ばして気絶させる。

 そして頭に巻き付いている黒い蛇のようなものを掴み、引き剥がす。


「なんでワカッタ!? なんデ分かった!?」


 人語を喋れない生き物が無理矢理、喋るような不快な抑揚でビチビチと暴れながら叫ぶ。


「努力の賜物」


 俺は黒い蛇を握り潰した。


「前、前!!」


 乗客が前方を指差す。前を走るバスのケツに突っ込みそうになっている。


「大型二種なんて持ってねぇぞ」


 でも駆動方式はMTだ。なら何とか分かる。社用車はATだったし、もう何年も運転しないけど……。


 ブレーキペダルを押し込んで減速させる。急制動が掛かって周りから悲鳴が飛ぶけどしょうがない。

 エンジンの回転数が下がり、エンストする直前でクラッチを踏み抜いて止めにかかった。


 一瞬、車体が不安定に揺らぐも何とかバスは停止した。



「ありがとう。巫女さんのお陰で助かったよ。ワシらの無礼を許してくれ……すまなかった」


「変な目で見てごめんなさい。お陰で助かりました」


 目的地の寺に到着後、町の住人たちからお礼を言われる。大事にならずに済んで良かったが、あそこまで明確に危害を加えてくるとはな……。


 やっぱり町が気になる。

 急いで戻ろう。辺りは夕暮れ……本格的な戦いはまだこれからだ。



 


 

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