第35話 集会所
ダンジョンから町の集会所的な場所に案内される。和室に座卓をロの形に設置し、座っている面々の殆どが年配者か、若くても三十代は過ぎている風に見えた。
つまり若者は俺と、カナタと言う少女だけになる。
「婆さん、ここに余所者を連れて来るとはどういう了見だ?」
頭にねじり鉢巻きを巻く筋肉質な男が俺を睨みながら言う。
「黙りな、タケ坊。あたしの判断にケチをつけるつもりかい? ええ?」
「祠を壊したのは誰だ? ディーヴァーなんて訳の分からん横文字のチャラついた余所者を招き入れた結果、どうなった?」
「お前は未だに木を見て森を見ずだねぇ。確かに壊したのはディーヴァーだ。でもね、封印された片割れを滅ぼしたのもこの子さ」
「……なんだと?」
ざわ、と空気が騒ぐ。一様に顔を見合わせ、驚愕の表情を浮かべている。
「婆さん、冗談は休み休みにしてくれ。それともボケたのか? そんなガキが、この町の負の遺産を倒しただって? コイツは面白いや! ガハハハ!!」
ねじり鉢巻きの男は笑い出し、つられて数人の男連中も遠慮なしに嘲った。
「っ、いい加減にしてください! なんであなたたちはそんな風に蔑むんですか!? 昔もそうやって内部で凝り固まったから、あの災いを抑え込む手段がなくなってしまったんでしょう!」
ずっと俺の隣で黙っていたカナタが一喝した。そして座る面々をキッと睨みつけていく。
笑っていた連中も笑みを消し去り、気まずそうに押し黙るがねじり鉢巻きの男だけは威勢よく座卓を叩いた。
「内部で固まって何が悪い? ここは俺らの町だ。余所者が入ってきていい場所じゃねぇんだ。認めて欲しけりゃ、俺を納得させてみろ! そうでなきゃ、一切協力しねぇぞ」
「そんな事……!」
何か言おうとするカナタを俺は手で制する。
「なら、力で決めましょう」
俺は巫女服の袖を捲り上げた。この手の奴は言葉じゃ聞き入れない。力ずくで分からせるのが一番だ。
「何? お前……本気か? 言っとくけど、俺はガキでも容赦しねぇぞ」
「ええ、構いません」
「……上等だ。ディーヴァーだか何だか知らねぇが、妙ちくりんな機械に頼ってる奴は前から叩き潰したかったんだ」
男も丸太のような腕を座卓にドン! と置いた。
「今更、止めますなんて聞かねぇぞ」
挑発的な笑みを浮かべてくるが、無視して対面に座る。勝負は単純。一本勝負の腕相撲だ。
「確か、スキルだったか? 使っても良いぜ。ハンデだ」
「使いません。ダンジョンの外で有事以外にスキルや魔法を使った場合、銃刀法違反と同等の処罰の対象になりますから」
ともすれば、銃火器よりも危険な力になりかねない。だから外部でスキル・魔法使用するとディバイスに記憶、情報は瞬時に迷府と警察機関へ送られる。
「なら、結果は分かり切ったもんだ。時間の無駄だな」
鼻を鳴らす男に対し、俺も腕を置く。白く、日焼けもしてない細い腕。この腕で、魔王は生前どれだけの命を奪ったのだろう。多分、この地球上で一番人を殺してきた手になるな。
「仕方ないね。審判はあたしがやるよ」
男と腕を組む。サイズ差のせいで殆ど向こうに握り込まれる形だ。
「用意はいいかい? ――始め!!」
「ほら、遠慮なくいくぜ――あら?」
腕の筋肉を漲らせ、身体ごと勢いよく動いた男はそのままガクン! と止まってしまった。
「……何してるんですか?」
俺は平然と言う。
「バ、バカな……!」
反対に向こうの顔面にはドッと脂汗が浮かび上がった。
「おい、タケ坊遊んでんのか? 時間の無駄だし、早く終わらせろよ」
「う、動かねえ……」
「はぁ?」
「動かねぇんだよ!! 全然、一ミリも、一切合切!! 何なんだ、こいつ! バケモンか!?」
とても冗談とは見えなかったのだろう、次第に見物人たちの様子も変わってくる。その視線はカナタへと注がれた。
「この方は――ハクアさんはスキルを使っていません。単純な力だけです」
その言葉に周りはシンと静まり返り、男の唸る声だけが続く。
「……嘘だろ」
誰かがポツリと呟いた。
「茶番だねぇ。さっさと終わらせな。腕の一本くらいへし折っても構わないよ」
「そこまではしませんよ」
とは言え……余所者だの、なんだのと好き放題言われてちょーっとムカついてたのも事実で。
少し派手目に、俺はダァン! と男の腕を座卓に叩きつけたのだった。
*
「これでこの子の力も分かっただろう。それに今必要なのは身内同士の諍いではなく、どうやってこの未曽有の危機に立ち向かうかだ」
アワヂお婆さんはそう言って全員を鋭い眼光で睥睨した。今度は誰も反論しなかった。タケ坊……武田と名乗るオッサンは不貞腐れていたが。
「でも対策はどうするんですか? 二つ目の祠が壊された事より、依り代を持ち出されたのが最大の問題です。アレは奴の一部を封じたもの……海外にあると聞きましたが、残る部位を求めて必ずここへ戻って来るでしょう」
「……あの」
「どうした? カナタ」
「既に、来ています。海の向こうから凄まじい邪気を感じます。遅くても今夜の夜中には町に到達するかと……」
「くそ、何て事だ!」
町人の一人が悪態を吐く。他の面々もみんな沈痛な面持ちだった。
……魔王の侵攻に怯えていた人々たちと、被る。
「ところで、お前さんはアレについて何処まで知ってるんだい?」
アワヂお婆さんが俺を見て聞いてきた。
「宿の女将さんから歴史は聞きました。名もなき厄災の事も大体は」
「そうかい。なら、少しだけ補足しようかね」
「……?」
「アレはね、私たちのご先祖さんたちの愚かさが生んでしまったのさ」
昔……。この町がまだ小さな村落だった頃。
元々、作物が育ちにくい土地のせいで口減らしのために子を間引き、姥捨て山で働けない老人たちが捨てられていた。
「この土地が弱っていたのも全てあの災いの影響だった。なのに、ご先祖さんたちはそれに気づかず、子を捨て親を捨て……そうした者たちの怨念を食らい、奴は成長してしまった。可哀想にね、捨てられた連中はエサにされていたんだよ」
やがて実害が出るようになっても村人たちは近隣への外聞に拘り、事態を隠蔽しようとした。
「その間にも人は食われた。家畜も貪られた。奴は更に大きくなり、人の手にも神の手にも負えなくなった。そこでようやく、愚かさに気づいて僧侶に泣きついたのさ」
「……続けてください」
「何十人もの僧侶たちが犠牲になり、ようやく奴の身体は三つに割かれ、三つの祠へ封印された。でも安心はできない。生き残った僧侶たちは村に定住し、封印を見張る役目を担ったんだよ。カナタはね、その僧侶の子孫さ」
アワヂお婆さんはそう言ってカナタの頭を優しく撫でる。おばあちゃん、と呼んでいたから血縁関係があると思ったが、全くないらしい。両親を亡くし、引き取ったのだという。
「歴史書には……そんな事書かれてなかったですね」
「そりゃそうさ。都合の悪い歴史は残さない。あの女将も知らんだろうね。知ってるのは、ここのメンツだけさ。あたしが口伝で伝えている」
「女将さんには教えてないんですか?」
「ああ……彼女に教えた所で仕方ない。先代、先々代は大地主で政にも関わってたが、今の彼女はただの女将だ。この件に関わるべきではないだろう」
「ハン、あの女将は俺らの町を売ったからな! 何がダンジョン配信に来るディーヴァーたちのための旅館だ! そんな連中のせいで俺らの町は、荒されてるんだぞ!」
ねじり鉢巻きのオッサンは俺を指差しながら叫ぶ。まだ言うかこのオッサン。
「あいつは金儲けしか考えてねぇのさ! 卑しい奴だ!」
「いい加減にしないか、このバカタレ!! 話の腰を折るんじゃないよ!! お前もいつまでもウジウジしつこいね!」
雷が落ちた。その迫力にオッサンは縮こまり、口を噤む。
こ、こえぇ……隣にいる俺もクッソこえぇよ。敵に回したらダメなタイプだ、うん。
「えぇ……何処まで話したか」
「歴史書には載ってない、って所です」
「ああ、そうだね。で、此処にいる奴らはもし事が起きた際、それに立ち向かうためにあたしが選んだ奴らさ。一応、何かしらの役には立つ」
総勢19名。
駐在所の警察官、町の消防団、狩猟会、住職、元自衛官等。
当然と言うか、ディーヴァーはいない。
「ハクア……アンタに頼みたい事は一つだ。住人たちと、観光客を麓まで避難させるまでの護衛を任せたい」
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