第34話 何かやっちゃいました?


 数分で職員が駆け付けるが、この惨状に目を見開いていた。

 そりゃあ、大人の男が女の子に腕十字キめられて涙と鼻水塗れで泣き叫んでるのだから、無理もないけど。


「確保のご協力、ありがとうございます。ただ、あまり犯人を挑発するような発言は控えて頂けると……」


「すみません……」


 言い訳をさせてもらうと、あの発言は本意じゃない。魔王の性格のせいだ。特に今回のように相手から危害を加えられそうになったり、喧嘩を売られたりするとスイッチが入ってしまう。


 これでも改善された方だ。この肉体に魂を定着させた直後はもっと酷かった。Fワードも真っ青の暴言のオンパレードだったし……。


 視聴者さんを幻滅させてしまったかなぁ、とコメント欄を覗いたが……正直、後悔している。

 何だろう。何でフィオナレベルの変態が湧いてくるんだろう。お前らも罵倒してやろうかと思ったが、余計に悦ばすだけなので自重する。


 ただ、ウィンにはガッツリビビられたので落ち着かせるために、今は抱き抱えて頭を撫でていた。ひんやり冷たい。


「クソ! 俺よりもそのガキを捕まえろよ! 暴行罪だ、暴行罪!」


「ああ、はいはい。暴れない!」


 逃げようと暴れる男と数人がかりで抑え込む職員たち。往生際が悪い……。

 コイツのせいでいったん、配信を止めるハメになったし。


「お前にはダンジョン不法侵入罪を始め、暴行、恐喝、窃盗、器物破損! 余罪はいくらでもあるんだぞ、大人しくしろ!」


「ヘッ、そんなの保釈金積んでシャバに出ちまえば、いくらでも踏み倒せるぜェ! なんせ俺には今からタンマリ金が入るんだからよ!!」


 ……今から? 引っ掛かる物言いだ。

 すると周囲を調べていた職員たちが慌ただしくなる。


「祠が……壊され……」


「依り代……」


「すぐに――さんを呼べ!」


 何故かみんな顔面蒼白だ。一体どうしたんだと思っていると、一人の職員が近づいてくる。


「すみません、祠が壊されたところは見ましたか?」


「祠?」


 俺は河原の一画を見る。そこには韋駄天小僧と戦った場所にあった祠と似たようなモノが設置されていた。ただし、こっちは前の奴よりも酷く壊されて荒らされていた。


「ボス部屋にはいった時、何かしているような感じでしたが……」


「やはり……」


「依り代が無くなってるのは本当かい!?」


 突然大声が響き渡る。

 一人の婆さんが肩を怒らせながらこちらへノシノシと歩いてくる。


「あの人――」


 昨日俺に話しかけてきた婆さんだ。あの時よりも険しい表情で周囲を睨みつけていた。


「この町の町長さんです。と言っても選挙で選ばれた訳ではなく、町独自のルールで選出された方ですけど……」


 まだ村だった時の風習が色濃く残っており、現職の正式な町長よりも発言権を持っているらしい。言わば街の顔役と言える存在だった。


 そしてその婆さんに付き従う様に巫女服の少女がついてくる。黒髪をツインテールで纏め、顔つきは大人しそうな感じだ。


「はい、こちらを」


「なんて事だい……」


 職員に見せられた祠の状況を見て、婆さんは瞠目した。女の子の方も青ざめている。


「犯人は?」


「彼です。最初に祠を荒らしたのも、間違いないでしょう」


 婆さんは凄まじい眼光で男を睨むと、ツカツカと近づいていった。


「なんだよ、ババァ!」


 全く反省してない様子でギャハハ、と笑う。やっぱ腕へし折っておくべきだったかな。


「アンタ……とんでもない事をしてくれたねぇ。最初の祠は壊すだけだから、まだ対処は出来たのにさ。ここにあった依り代はどうした?」


「ああ、あの綺麗な水晶玉かぁ? 残念だな、もう売っちまったよ! 今頃はもう既に海外だろうなぁ! 全く便利だぜ、この世の中は!」


 職員は男から没収した端末機器を見せる。ディバイスに似ていたが、真っ黒なカラーリングでデザインも刺々しい。パチモンか?


「恐らくこの機器の売買機能を使って転送したのでしょう。非公式のガジェットです。履歴はありますが、相手の情報は見えません」


「アンタん所のディバイスとは違うのかい?」


「はい。これはアンダーグラウンドで流通する代物です」


「……そうか」


 ため息をつくと、婆さんは再び男へ向き直った。


「アンタのせいで封印は壊れた。最後の祠が自壊するのも時間の問題。でも安心しな、アンタは真っ先に解き放たれたモノに食われるよ。縁を結んじまったからねぇ……」


「はぁ? 何言ってんだ、このババァ! 意味わかんねぇんだよ、死ね!!」


「そうやって強がれるのも今の内さ……もういい、警察に引き渡しちまいな」


 婆さんはシッシッと手で追い払う。その様子に男はまた激高するが、職員に引き摺られていった。


「おばあちゃん、私何とか封印できるように頑張るよ。あの黒い影さえ倒せれば時間を稼げるから……」


 黒い影? あいつの事か?


「カナタ、気持ちは分かるけど無理すんじゃない。アンタも早くお逃げ。死ぬのは年寄りだけで充分さ」


「おばあちゃん!」


「あの……」


 俺は恐る恐る声をかける。


「なんだい? ああ、アンタはあの時の……フン、巫女服なんか着て……意外と似合ってるじゃないか」


「あ、ありがとうございます……じゃなくて! 黒い影って、コイツですか?」


 ディバイスで撮影した昨日の奴を見せる。婆さんは目を細めて眺め、そうだと頷いた。


「なら、倒しましたよ」


「……え?」


「は?」


 少女と婆さんの目が点になる。


「どこで?」


「旅館で。何か夜中に来たので、歌っててうるさいから倒しました」


「どうやって倒した?」


「石化の魔眼です。スキルですね」


「死体は?」


「浄化系のスキルで消し去りました。もしかして……ダメでした?」


 あんぐりと口を開ける婆さん。

 ……これはまさか、定番の『オレ何かやっちゃいました?』的な奴か!?

 

 しかし暫くすると、突然豪快に笑い出した。


「お、おばあちゃん? どうしたの?」


「これが笑わずにいられるかい!? かつて著名な僧侶たちと国津の神さんたちが命がけで戦い、ようやく封じ込めた存在の片割れを……事もあろうに、倒しただって⁉ とんでもないよ、アンタ!! 道理で昨夜から奴の気配が途絶えていた訳だ!」


 一しきり笑うと、満足したのか婆さんは目尻の涙を拭った。


「アンタ、名前は?」


「ハクアです。灰藤ハクア」


「ハクア……覚えたよ。あたしゃね、四月朔日わたぬきアワヂ。この町の代表さ」


 アワヂさんは俺を見つめる。


「今更、虫が良いってのは分かっている。でも、あたしたちの話を……聞いてくれるかい?  この町に巣食う物の怪の話を」


 

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