第33話 ウザ絡みしてくる方が悪い


 二日目の朝。

 昨夜のせいで少し眠いが、支障はない。


 朝食は旅館の食堂でバイキング方式になる。洋食の他、和食もあるので好きなように盛り付ける事が出来る。このラインナップでほぼ食べ放題なのは凄いな。


 お陰でつい多めに盛り付けてしまったが、元々食べる方だ。それは身体が変化しても変わらない。

 適当な場所に座って早速、山盛りの海鮮丼を頬張る。控え目な懐石料理も良いけど、やっぱこれだよな! 健康診断の数値は気にしない人にはお勧めしたい食べ方だ。


「いただきます!」


 朝からガッツリ食えて幸せだ。今日の配信も頑張ろう。



 二つ目のダンジョンは【此彼の河原】と呼ばれている。伏見稲荷のような鳥居が延々と続く道と、時折前方に現れる大きな川を渡る橋。それがこのダンジョンの特色だ。

 前回同様、和風なイメージが強くEランクダンジョンながら観光目的で上位のディーヴァーも足を運んでいるほどの人気を持っていた。


「……魔物が出ませんね」


 探索しているディーヴァーは何度かすれ違い、前と後ろにも数人のグループがいる。

 しかし入ってから三十分ほど経過するが、一度も魔物と遭遇する事は無かった。せいぜい俺の事を知っている視聴者さんに記念写真や握手を求められたくらい。


 昨日以上に全く取れ高が得られない。


「むぅ、魔物がいないなんて困るなぁ!」


 ウィンも不満気だ。


「でも何だろう、なんか変な気配も感じるんだよね」


「……ウィンも?」


 俺もダンジョンの最奥から何とも言えない違和感を覚えていた。もしかして、その気配が魔物たちを近づけさせないのか?


――――


『確かに全然でないよな』

『他の配信してるディーヴァーも見てきたけど、みんな同じような事言ってるわ』

『なんだろうね、昨日から明らかに変だ』

『迷府からのお知らせはないっぽい』

『マジで何なん?』

『まあ、雑魚よりボス戦の方がバえるから……』

『変な気配って……なんか怖いなおい』

『そういやこの町って色々伝承があったな』

『へぇ。どんなの?』

『昔、ここには悪い何かがいたらしい。神なのか魔物なのか、ハッキリしないんだけどな』

『なんだそりゃ? 眉唾モノだろ、どうせ』

『急にオカルトチックになって来たなw』

『ダンジョンも十分、オカルトだけどな』


――――


 俺は女将さんの話を思い出す。

 国津神でも退治できなかった〝何か〟。壊された祠。ダンジョンと旅館で遭遇した黒い影……。


 女将さんは応急処置を施すみたいな事を言ってたけど、事態が好転しているようには思えない。

 それでも部外者の俺が首を突っ込む訳にはいかないのが、もどかしい。アースシアなら聖剣見せれば水戸黄門の印籠みたいに通用するのになぁ。


 起伏のない配信が続くが視聴者さんは離れることなく、ついてくれている。少しでも場を持たせるために取り留めのない雑談を続けていく。


 やがてボス部屋前にまで辿り着いてしまった。

 結局、一度も戦っていない。


「えーと、ボス部屋前です」


 ここまでは観光目的で来る人もない。しんと静まり返っていた。妙な気配もここから立ち昇ってきている。


――――


『過去一、平和な配信だった』

『こんな日もあるさ』

『新鮮で良かったよ』

『むしろボス戦が見たいんよ、俺らは』

『それ』

『分かる。ボスを魅せプでワンパンするのが見たい』

『いくら道中何もないからって、ボス部屋に直行する事に誰も突っ込まなくなってて草』


――――


「じゃあ、突入しますね」


 俺は木造の両開きの扉を開け放つ。

 軋んだ音と共に開かれた先にある光景は、巨大な川と岸辺が広がっている。


「ん?」


 先客がいる。

 金髪のツーブロックと言う輩みたいな風体の男だ。配信ドローンが浮いてるのでディーヴァーのようだが。


「……あ?」


 男が振り返る。

 あ、カタギじゃねぇなこいつ。目を見れば分かる。平気で人を殴れるタイプだ。


「ンだよ、この辺は人がいねぇと思ったのによ」


 男はニヤッと笑いながら近づいてくる。


「あれ、つかお前ってハクか?」


「……ええ、そうですけど」


「ハハハ、スゲェな本物かよ!」


 そう言って馴れ馴れしく肩に手を回してくる。

 は? 何だお前。


「あの、ボスを倒しに来たんですが」


「ボス? ああ、ごめんね! 俺が倒しちゃったからさ、暫く出てこないよ」


「そうですか。じゃあ外で待ちます」


 手を振り払うように踵を返すが、手首を握られた。

 うわ、きっしょ。


「つれないなァ。君、有名なんだしさ俺とコラボしない?」


「え? イヤです」


「そう言わないでサァ」


「やりません」


「はぁ……言う事を聞けよ、クソガキ――!?」


 男が俺の手首を捻じろうとしてきたので、逆に振り払ってその手首を握り締めてやる。


「てめ、何を……イダ、イタタタタタ!? 痛い痛い!?」


「よっわ(笑)」


 俺はそのまま手首をギリギリと力を籠めて締めていく。


「いてぇ、いてぇから、止め、放せクソガキ!!」


「駄目でーす放しませーん」


 片手でスマホを取り出し、手早く受付の職員直通番号へTEL。


「あ、もしもし。今、ボス部屋なんですけど不審者に襲われました。助けてください」


「てめ、ガキ!! 何をしてやがんだっ、アイタタタタタ!! 折れる、折れるから!!」


「はい、はい。あ、実害はないです。制圧しましたので。はい、では」


 通話終了ボタンを押す。


「そこでジッとしていてくださいねー。暴れると折れますよ? でもいきなり人を襲うような屑の手なんて折れた方が良いかな? ねぇ?」


「ヒッ!? 止めろ、やめ……やめて。マジで折れる、ホント、すみません。放してください。ごめんなさい……」


 最初は外そうと藻掻いていたが、今や両膝をついてボロボロと泣きだしている。


「え、大の大人がマジ泣き? だっさ」


 あまりにも情けないので、俺は手を離してやるが――。


「このクソガキがぁ!!」


 案の定拳を振り上げてきたので、タイミングを合わせてその腕を掴み取る。


「な!?」


「もっと痛くなるけど、文句言わないでくださいね」


 そして肘を極めつつ男をなぎ倒し、腕十字固めへと繋げた。


「お゛ッ、痛、ギブ、ギブ!! 折れる、マジで折れる!」


「もう放さないよ、お、じ、さ、ん」


 手をバンバン叩こうが知った事か。

 絡んできたのはお前だぞ。


「ハ、ハクア様……コワイ!」


――――


『ハクちゃん……』

『怒ってるよね……? 笑顔がめっちゃ怖いんだが』

『お前ら、変態発言してたけどこれでもやる?』

『むしろ怒られたい』

『あの蔑んだ目の笑顔で踏んで欲しい』

『メスガキっぽい口調なのが良き……このシーン、編集して使おうっと』

『俺にも煽りながら関節技かけてくれ』

『ここ切り抜けよ、絶対だぞ!』

『駄目だこいつ等早く何とかしないと』

『フィーナお姉様レベルの変態しかいねぇのかここは!』

『つーかさ、この男みわけいちじゃね? あの入れ墨見た事あるぞ』

『え、あのガチ犯罪者?』

『クソワロタ。イキリ親父、ハクちゃんにボコられ中wwww』

『実刑喰らったくせに全然反省してないな。いいぞ、もっとやれ!』

『ウィンちゃんビビり散らかしてて草』

『そりゃ飼い主がいきなりメスガキムーブしながら大人をシバき出したら俺だってビビるわ』

『言い方wwww』


――――


 



 

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