第32話 心霊現象もワンパンで
質問回が終わる頃には深夜を回っていた。最後まで付き合ってくれた視聴者さんにお礼を告げて終わり、俺も寝床に入る。
エアコンも付いていたが、高地なので夜風が涼しく網戸にしていた。外からは虫の鳴き声が聞こえてくる。
その音色を聞きながら意識は次第に夢の中へ沈んでいく。夢と半覚醒の境界辺りで微睡んでいると不意に虫の音が消えた。
まるで付いていたテレビの電源を切るように。
「……―――……」
代わりに別の声が聞こえてくる。遠くで喋っているのか不明瞭だ。近所の不良でも騒いでるのか? と思って寝返りを打とうとした時だった。
耐性スキルが何かを弾き返す。
「……ち」
今、悪意のある攻撃が行われた。俺は寝床から跳ね起きる。
発動したスキルは……行動阻害耐性か。
電灯のヒモを引っ張る。つかない。スイッチを押してもダメだった。
「―――……」
あの声が近づいてくる。
歌っているのか?
「昏々、今日も根無し草。昏々、今日も飯が無い。でも今宵は違うぞ、ご馳走だ」
その歌声は俺の部屋の前までやってきた。部屋は一階で、外の庭は生垣で遮られている。そのすぐ向こうに強い気配を感じる。
「帰れ」
俺は庭に出て、小石を拾い上げた。
「………」
気配は無言のまま佇んでいる。動く様子はなく、ジッとこちらを見つめている気配がした。
「失せろ」
ブン、と石を投げつける。生垣を破壊するわけにはいかないので、力は加減している。それでも小さな穴が穿たれ、その向こうから短い悲鳴が聞こえた。
俺は穴に近づき、覗いてみる。普通なら景色が見えるハズなのに真っ暗。
そのまま見ていると唐突に血走った目がこちらを睨みつけてきた。
「……
ならこちらも、と容赦なく石化の視線を叩き込む。
「ア゛……ア゛ア゛ア゛!!」
目が離れ、生垣の向こうからバタバタと暴れる音が聞こえてくる。俺はジャンプで飛び越え、様子を見に行ってみた。
「やっぱコイツか」
正体はダンジョンで遭遇したあの黒い影だった。どこが顔なのか分かりづらいが、多分そこが目の位置なんだろう、と想像できる個所を不揃いな指で押さえて悶えていた。
因縁付けられたんだなぁ、これ。そう言えば女将さんが見せてくれた歴史書の妖怪にどことなく似てるし、コイツはその一部かあるいは眷属なんだろう。
ただ、少なくともコイツが魔物ではない事が分かる。入り口の職員の目を掻い潜り、小さな町とは言え深夜でもディーヴァーが行き交う状況で、誰にも気づかれず旅館まで来れる訳がない。
「アァァァァ……」
ビクビクと痙攣していた手足が石のような色合いに染まり、硬直していく。
流石にゴーゴンから奪った耐性貫通の魔眼では、日本古来の怪異も耐えられないようだ。あっと言う間に気味の悪い石像が出来上がる。
「……どうすんだ、これ」
旅館の敷地内に悪趣味なオブジェが出来てしまった。
朝になったら浄化とかされないかな? まあ、今の内に崩しておくか。
聖職者の職を極める事で得られるスキル『烋体』。周辺の穢れを祓う強力な浄化系スキルだ。面倒なのでこれで石像を清めて壊し、ついでに旅館を中心に半径数メートルの良くない感じのものも祓っておく。
これ以上睡眠を邪魔されたら溜まったもんじゃない。寝れる時は寝る。アースシアで学んだ教訓の一つだ。
「ふぁ……眠い」
*
三輪ケイジ。
かつては配信名『みわけいち』として、ダンジョン配信の黎明期でそれなりに活躍したディーヴァーだった。
元格闘技経験者で、体格にも恵まれていたがそれ故に傲慢な気質の持ち主でもあった。特に自分以外の男性ディーヴァーを弱者と見下し、格闘技経験者の己と比較するマウント癖のせいで度々炎上を繰り返した。
決定的となったのは、彼が一人の有名男性ディーヴァーとダンジョンで偶然、出くわした所から始まる。
その男性ディーヴァーはイラストレーターとしても活躍していて、ダンジョン内の気に入った景色を描き出しては、その絵の緻密さに視聴者を湧かせていた。
三輪はいつものノリでそのディーヴァーに絡み出すが、彼は一貫してあしらっていた。それが気に障ったのだろう。元々短気な男だが、そのディーヴァーは三輪がバカにしていたタイプの弱者だった。
突然殴りつけ、倒れたところに関節技を仕掛けて被害者の腕を破壊。全治数か月の大怪我を負わせた。言わずもがな、その暴力行為で大炎上の警察沙汰となる。
DD動画運営はその日のうちに三輪のチャンネルを永久凍結。更に彼が所属していた格闘技団体からも痛烈な抗議文が掲載され、こうして三輪は表の配信の世界から完全に姿を消した。
そんな犯罪者である三輪が裏の世界……アンダーグラウンドの配信サイトに辿り着くのは必然と言えるだろう。
「は? ちゃんと壊しただろうがよ! さっさと金払えや!」
ツーブロックの金髪に耳や鼻を彩るピアス。右頬には刺青の模様が走り、目つきは剣呑な光を宿していた。
「ああ? まだ二つある? そんなの知らねぇよ」
彼はスマホに向かって怒鳴っていた。しかし通話相手は淡々と話を続ける。
「やらなきゃ報酬は無しだ? ……クソが、分かったよ。やりゃあ、良いんだろやりゃあ!」
通話口に怒鳴り付け、通話終了ボタンを殴るようにタップした。
「チッ、ムカつく野郎だ。ふざけやがって。対面ならぶっ殺してるぞ、クソガキが」
ダン! とスマホをゴミ塗れの床に叩きつける。
「仕方ねぇ、もう一度行くしかねぇな。ま、ジジィとババァしか居ねぇ町だ。職員とサツに気を付けてりゃいいだろ」
それに、と三輪はテーブルの上に置かれたアイテムを見た。
「俺には奴から貰ったコイツがある。もしサツが来ても、これなら勝てるだろ……」
口角を吊り上げ、ほくそ笑むのだった。
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