第26話 三つのダンジョン
翌朝、フィオナに見送られて電車に乗って栃木のダンジョンへ向かう。都内から乗り換えも含めて電車で数時間。コンクリートジャングルの東京から、豊かな緑が数多く残る栃木に到着した。
町とついているが、山間に作られた小さな集落に近い。ダンジョンが出来る前までは、自然消滅しかねない程に寂れていた。
今は町内に出現した三つのダンジョンが話題を呼び、ディーヴァーや観光客で潤っている。世界的に見ても一つの土地に複数のダンジョンがある構図は、かなり珍しいようだ。
小さな商店街前のバス停に降りると、夏の日差しに晒される。でも山の中のお陰で涼しい風が吹いていた。
ダンジョンで町興しもやってるのか、あちこちにそれに因んだお土産が店先に並んでいる。
「あとでフィオナのために買っておくか……」
俺は適当に店を見ながら歩いていくと、やけに地元民と思われる人たちに見られているのに気づく。それも、あまり好意的ではない目で。
……やけに居心地が悪いな。町興しをしてるのに、どういう事だ?
こういう時は長居するとロクでもない事に巻き込まれやすいので、足早に通り過ぎた。そのまま疎らに家が立ち並ぶ市街地に入るが、やはり遠巻きに見られていた。いや……最早監視に近い。
俺以外のディーヴァーっぽい人たちにも、それは向けられている。
なんだか変な町だ。他県からの流入を嫌う保守的なグループなのか、町全体でやってるのかは分からんが。
本当は少し町をぶらつく予定だったけど、そのまま宿に行く事にした。
坂道を上り、和風の立派な建物が建つ場所へ到着する。町を一望できる立地に立っていて、お値段もそれなり。昔の俺だったら金額で諦めていただろう。
「あの、こんにちは」
玄関に入り、声をかける。すぐに奥から着物姿の女将さんが出てきた。
「はいはい、ご予約のお客様ですか?」
流石に女将さんは愛想の良い笑顔で対応してくれる。
「はい。灰藤ハクアです」
「灰藤様……はい、確認が取れました。このまま部屋に入りますか?」
「そうですね。お願いします」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
案内され、廊下を進んでいく。年季を感じさせるが、汚れは全くない。隅々まで掃除が行き届いているようだ。
「夏休みのご旅行ですか?」
前を歩く女将さんが話しかけてくる。
「はい。そんな感じです」
やっぱりねぇ、と言って続ける。
「ダンジョンが出来て、人は来るようになったんですけどねぇ。町の皆さんは年寄りばっかりで、若い人が楽しめるような場所は何もないんですよ。ダンジョンもEランク? だとかで、普通の人は入れませんし」
「あ、大丈夫ですよ。俺……私、入れる資格を持ってるので」
「え? あら……それは失礼しました」
「いえ」
いくつか並ぶ扉の一つの前でに立ち止まる。鍵を開け、中に入るとまず目を引くのは正面の大窓だった。遮るものが何もなく、広大な景色が広がっていた。
「鍵はこちらになります。無くさないようにご注意ください」
ゴツイキーホルダーが付いた鍵を渡される。
「あと館内は配信可能ですが、一般のお客様に配慮した配信をお願いします」
「え、配信できるんですか?」
ダンジョン配信が主流とは言え、外でそれを許可している場所は初めて見た。
「ええ。当旅館は迷宮事業府と提携を結んでいるので、配信者様向けのサービスをいくつか用意させて頂いてます。詳細はこちらをご確認ください」
説明が書かれた紙を貰い、軽く眺める。ダンジョン配信に役立つアイテム類や武器防具の販売も売店で行っている他、通常はダンジョンの入り口受付でしか出来ない素材の売買も対応している。
ここまで至れり尽くせりだと、猶更町の人たちの視線が気になった。
「では、何かありましたらそちらの電話をお使いください。夕食は七時ごろにお持ち致しますが、それでよろしいでしょうか?」
「はい。その時間で大丈夫です」
「それでは失礼しました」
バタン、と扉が閉じられた。
俺は最低限の荷物が入ったバッグを置き、他の旅行道具は
窓際に近づき、風景を一望する。長閑な町並みとダンジョンの入り口が三つ見えた。一つは森、もう一つは川辺、最後は小さな町辻にあった。
滞在期間は二泊三日。一日一つ、ダンジョンをクリアする予定で組んだ。現在は昼過ぎを少し回ったところ。今からダンジョンに入れば、夕食前には終わるだろう。
俺は必要な荷物を持ち、外に出た。
*
自転車に乗ったオッサンとすれ違うが、その間ずっとガン見される。道端で話し込んでいる二人の主婦もチラチラと視線を寄越す。
宿は積極的にタイアップしてるし、町興しもやってるのにこの温度差はひたすら不可解だ。だが、見られるだけで特に何か言われる訳でもない。もう無視で良いだろう。
「なあ、お前ディーヴァーだろ?」
「?」
黙々と歩いていると、いきなり声をかけらた。振り返れば坊主頭にタンクトップの少年がジッと俺を見ていた。
「……そうだけど」
「やっぱりな。そんな格好してるからすぐ分かった」
ネコミミフードパーカーの事か。流石に街中で被りはしないが、目立つ事に変わりはない。
「頼む。俺の話を――」
「コウタ! 何してるんだ!」
少年が何か口にしかけた時、偏屈そうな婆さんが肩を怒らせながら現れる。
「余所者と口を利くなと言っただろうが!」
そして容赦なく頭に拳骨を落とす。
「ご、ごめんよ! でも、俺……」
「うるさい、さっさと家に帰りな!」
有無を言わさない勢いで、家が立ち並ぶ方角を指差した。それでも何か抗議しようとしていたが、がっくりと項垂れて歩いていく。老婆はそれを見届けると、フン! と鼻を鳴らして俺を睨んできた。
「アンタ……ディーヴァーだろう」
何故か周囲を気にしながら小声で囁く。
「……ええ」
「全てのディーヴァーが悪いとは思わん。だが、今のこの町の連中は余所者を嫌悪している。寄りにもよって、最悪の状態の時に来たもんだね」
「それは、どういう意味ですか?」
「今すぐ町を出た方が良いって事さ」
そう告げると老婆はノソノソと立ち去って行った。
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