第22話 レッサーデーモン


 Sランクディーヴァー、百瀬ヨル。日本刀を主軸とした剣士系の現役女子高生。

 しかし彼女の素質は刀剣を扱うものではない。


 彼女に与えられた素質は、テイマー。つまりれっきとした魔法使いタイプのディーヴァーだった。

 そしてハクアやフィオナのような特殊な研鑽を積んだ訳でもない。


 では何故、刀を扱えるのか?

 それ偏に彼女と契約を交わした魔物による恩恵だった。


「ツナ、行くよ……!」


 黒塗りの太刀の日本刀を握り締め、ヨルはレッサーデーモンへと肉薄する。


「壱撃・嘴刳蜂ばしくりばち!」


 顔の横で刀を構える柳の姿勢から放たれる強烈な刺突。レッサーデーモンにはまるで光が一瞬、閃いたようにしか見えなかった。


「お! やるじゃねぇか!」


 しかしその一撃を、右に飛んで紙一重躱す。

 だがヨルはその動きを読んでいた。


「肆撃・逆奇さかきノ太刀!」


 素早く手元で刀を逆手に持ち替え、翻す。一切の隙も遅延もない動きで、刺突から喉笛を狙う斬撃へと化けた。


「うおっと!?」


 その斬撃もレッサーデーモンは僅差で避けるが、刃先が微かに掠っていく。


「人間のくせに大したもんだ! だが、甘かったなぁ!」


 刀を振り抜き、硬直するヨルへ拳を握り締め襲い掛かる。


「やらせるか!」


「⁉」


 そこへ別の影が割り込む。ロングソードに盾を携えた騎士風の少年だった。

 Aランクディーヴァーで構成されたパーティ、『エスタシオン』のリーダー・ナツキ。剣士としての腕前は一流の域に達している。


「レッドブランド!!」


 ゴッと威勢よく燃え上がる炎が刀身を包み込む。


「喰らえ!」


「チィ、魔法剣か!」


 レッサーデーモンは反射的に腕を突き出し、魔法防御の障壁を張った。火炎の刃が叩きつけられ、甲高い音と共に火花が散る。


「アキオ、チフユ、今だ続け!」


「おうよ!」


「言われなくてもやるわよ!」


 オレンジ髪の眼鏡をかけた少年が槍を構え突撃し、続けて魔導士風の少女が杖を掲げる。


「魔法防御の術は、物理攻撃には通用しねぇんだよな! ミストルテイン!!」


 鋭い樹木の根を穂先に宿した刺突が、悪魔の脇腹を捉えた。


「ぐぅ!」


 顔を歪め、傾ぐ。


「逃がさないわ、アイシクルスピア!!」


 それを見て、少女が無数の氷の破片を放つ。同時にナツキとアキオは地を蹴って退避。残されたレッサーデーモンは氷片の雨をまともに浴びてしまった。


「クソガキ共が、ちったぁ出来るみたいじゃねぇかよォ!」


 突き刺さった破片を抜き取って握り潰し、レッサーデーモンは立ち上がる。


「今度は俺の番だぜェ! カラミティエイク!!」


 血走った目が三人を睨みつけ、魔法を解き放つ。黒い魔法陣から放たれた漆黒の衝撃波が襲い掛かる。


「……させません! ミストラルガーデン!」


 その時、一陣の風が駆け抜けてヨルと少年たちを包み込む。それは淡く輝くベールとなり、衝撃波から全員を守り抜いた。


「なんだとぉ!?」


「サンキュー、ハルナ!」


 ナツキは指を立てる。後方にいる白いローブを纏った少女も微笑んで返した。


――――


『うおおおお、すげぇ! 未知の魔物相手に互角だ!』

『流石エスタシオン! Sランク最有力候補!』

『しかもヨルちゃんもいるんだ、勝てるぞ!』

『でも油断しないでくれ……コイツ、何か不気味だよ』

『人の言葉喋るモンスターなんて、実在するんだな』

『とりあえず、翠帝のオッサンが来るまで耐え凌げれば……』


――――


「ありがとう、助かった」


「いえ、ヨルさんの足手まといにならないよう頑張ります。この戦い、勝ちましょう」


 ナツキはヨルの隣に並ぶ。


「……くっくっく。勝てるか。ナメられたもんだぜ!」


 対し、レッサーデーモンはくつくつと喉を鳴らして薄ら笑いを見せた。


「……あなたは一体、何者? 何で言葉を喋れるの?」


「ああ? そんなの決まってんだろ。お前ら人間は口に出して言わなきゃ、物事を理解出来ねぇ。だから仕方なく俺様たちがその次元に合わせてやってるんだよォ! ギャハハハハ!!」


 ヨルの質問に小馬鹿にした表情になり両手を広げ、哄笑する。


「……意味不明。この状況で、よく強がれる」


 だが同時にヨルは警戒心を跳ね上げていた。これほどの知性を持つ存在が、小物のように振舞うのか、と。


(油断はしない……最高の技で仕留める!)


 刀を鞘に納刀し、瞑目して低く腰を落とす。


「……! その構えは」


「そう。悪いけど、時間稼ぎが欲しい。最高の状態で撃ちたいから」


「分かりました。問題ありません。だよな?」


「もちろんだぜ!」


「何勝手に決めてんのよ……やるけどさ」


「……はい。行けます」


 頷くナツキに、同意する仲間たち。


「何を企んでるんだぁ、クソガキ共ォ!」


 身体に突き刺さった大半の氷はそのままに、レッサーデーモンは爆発したかのように加速して向かってきた。


「く、早いな!!」


「ヒャッハァ!!」


 すかさず掲げた盾と拳がぶつかり合う。銅鑼のような音が鳴り響き、細腕とは裏腹に鈍く重い一撃にナツキの片腕は痺れる。


「レッドブランド!」


 痛みをかみ殺し、燃え盛る爆炎の剣を振り上げた。カウンター気味に繰り出された反撃に、素早く拳を引いて下がっていくレッサーデーモン。そこへ合わせるように槍を握るアキオが迫った。


「ミストルテイン!」


「しつこいぜェ、お前! ヴェンデッタ!」


 更に地を蹴り、逃げつつ闇色の球体をばら撒く。無数に広がり行く闇の魔法弾に被弾を覚悟するが、


「ミストラルバリア!」


 ハルナの風の守りが再びアキオを包み込んだ。


「クソがぁ! このレベルの魔法も弾かれるとはなァ!」


「ナイスサポートだ!」


 守りの援護で強引に弾幕を突破。至近距離へと至る。


「これで、どうだ!」


「ガハァっ!?」


 樹木の槍の一撃が胸元を貫いた。どす黒い鮮血が飛び散り、レッサーデーモンの足取りが乱れる。


「まだまだ、行くわよ――アイスツイスター!」


 そこへ、強烈な冷気を乗せた旋風が巻き起こった。氷の破片よりも微細な粒が残虐に悪魔の肉体を撫でてく。


「みんな、離れて」


 目を開くヨル。鞘からは甲高い羽音のような音が鳴動し、眩い光が漏れ出ている。

 その合図に四人の少年少女は巻き添えを食わぬよう、散っていった。


「ガ、クソが! この冷気……しつこく纏わりついてきやがる!」


 まだ氷の風に翻弄されているレッサーデーモンを見据え、ヨルは居合の構えに入る。チャキ、と鯉口を切り――ゆっくりと吸気と呼気を行う。


「!!」


 それに気づいた悪魔が目を剥く。


「ヤベェ――ッ!?」


「絶撃・空亡そらなき


 白刃一閃。

 鞘走りの音すら置き去りにし、音速の斬撃が駆け抜ける。


「ぬお――!」


 余りの破壊力にズ、とレッサーデーモンの上半身と下半身が裂け飛んだ。チフユの氷の旋風すら切り裂き、背後の岩壁には巨大な斬撃の痕が食い込むように深々と刻まれる。


「――ッ!」


 ヨルは刀を振り抜いた姿勢で、利き腕の鋭い痛みに膝をつく。

 居合は抜刀から納刀までの一連の動作を以て完成する。しかし、まだ彼女は最高の威力で放つこの居合を繰り出し、鞘に戻すまでは成功していなかった。


 加えて一度放てば、利き腕の筋肉は悲鳴を上げる。未熟な時は肉離れし、酷い時は骨折にまで達した事もあった。


(まだ……私はこの技をモノに出来ない)


 小さく唇を噛むヨル。

 それに反し、コメント欄は称賛の渦に包まれていた。


――――

 

『倒したああああああああ!!』

『¥10,000 やったぜ! 祝い金だ!』

『っぱ最高だわ』

『8888888』

『エスタシオンもナイス援護!』

『やっぱヨルちゃんだな』

『翠帝のオッサン出番なしで草』

『せっかく休暇中に駆け付けようとしてるのにwww』

『ワロタ』

『¥15,000 乙』


――――


(うん、私の役目は魔物を倒す事。目的は果たせたんだ。だから――)



 ――ヒュオ、と何かが視界の端に映る。



 次の瞬間、ヨルの身体は血の線を撒き散らしながら空を舞っていた。


「……クソが。遊びは終わりだ」


 額に青筋を浮かべ、拳を握り締めるレッサーデーモンがで立っている。突き出した拳にはヨルの返り血がべっとりとこびり付いていた。


「テメェら全員、ズタボロにしてぶっ殺してやる」


「な――」


 凄まじい怒気と殺気を孕んだ目が睥睨する。その眼力に圧倒され、呆けたナツキたちへ――。


「ダメだ、早く逃げて!!」


 何とか態勢を整え、受け身を取ったヨル。彼女の悲鳴に近い叫びが飛んだ刹那、ナツキの顔面にレッサーデーモンの拳がめり込む。


「ぐ、ガァアア!?」


「死ね」


 威力の余り、バウンドした身体に蹴りが叩き込まれて反対の壁側まで吹き飛ばされていった。


「ナツキ!?」


「ああ、テメェも良くもやってくれたな?」


 ズン、と手刀がアキオの腹部を貫いた。


「ゴ、ふ……」


「雑魚が」


 手に突き刺さったアキオを乱暴に投げ捨て、今度はチフユへと向き直った。


「ひ、こ、この化け物ォ!! ダイヤモンドダスト!!」


 杖から氷点下の暴風が吹き荒れる。全てを白く染め上げる極寒の中を、しかしレッサーデーモンは平然と歩いてきた。


「な、なんでアタシの魔法が効いてないの!? ドラゴンの炎すら凍らせるのよ!!」


「ああ、悪いなァ。俺様たち悪魔族は、こんなショボい魔法は効かねぇのよ。言ったろ? 次元を合わせてやってるんだって」


「う、ああ……」


 チフユは杖を手放し、へたり込んでしまう。その股間は恐怖のせいで湿っていった。


「ミ、ミストラルガーデン!!」


 チフユに拳を振り上げたその時、ハルナの魔法が飛ぶ。強力な魔法の守りが魔法使いの少女を包み込む。


「いいねぇ。その必死さ。じゃあ、俺も面白いものを見せてやろう」


 レッサーデーモンは攻撃をやめ、一旦片手を天高く伸ばす。その手の先に円形と四角形が混ざった魔法陣が描き出された。


「落ち、叩きつけろ。重禍の檻。超重驟雨層グラヴィティバースト


 暗黒のオーラが落ちる。それは猛烈な重力の塊であり、周囲の岩を易々と粉砕するほどの圧力となった。


「きゃああああああ!?」


「イヤァアアアア!」


「ッッ!!」


 容赦なくヨル、チフユ、ハルナにも浴びせかけられる。魔法の守りは一瞬で粉砕し、生身で直撃してしまう。

 全ての骨を、肉を、臓腑を磨り潰されるような激痛。ヨル以外の二人の少女は全身から血を流し、不自然な体勢で動かなくなっていた。


「ほう。やっぱお前は強いなァ?」


 刀を杖代わりに立ち上がったヨルを見て、レッサーデーモンは笑みを深くした。


「だけど、もう限界だろ? なぁ、おい」


 あり得ない方向に曲がった左腕と右足。


「だから、何。利き腕と利き足は生きてる」


「強がりしか出来ないのは、ツレェなぁ!」


 レッサーデーモンの姿が掻き消え、ヨルの背後に現れる。


(ここに来て、まだ速さが上がって――!)


「ヒャハハハハハハハハァ!!」


 凄まじい拳の嵐が総身を撃つ。まともな防御など取れるはずもなく、刀を手放して投げ出されていった。


「うーん? 何だぁこの刀」


 悪魔は興味深そうに刀を拾い上げる。


「……れに……るな」


「はぁ?」


 全身を痙攣させ。

 夥しい流血に塗れても――立ち上がるヨル。


「それに、触れるな!!」


 気迫の籠った眼がレッサーデーモンを睨むが、悪魔からすれば死にぞこないの抵抗になるだけだった。


「うるせぇよ、バーカ!」


 飛び蹴りがヨルの顎を強打し、頭が勢いよく跳ね上がった。仰向けに倒れ込んだ少女に悪魔はその髪の毛を掴み、強引に起き上がらせる。


「何、もしかして大事な奴? ねぇ、大事な奴なの?」


「返、せ……」


 少女の口が微かに動く。


――――


『ヨルちゃん!!』

『ヤバいやばい!! ヨルちゃんが!!』

『このクソ野郎、ヨルちゃんに触れるんじゃねぇ!!』

『翠帝は何してんだよ!!』

『負けないで、頑張れええええええええ』

『刀は、刀だけは……』

『頼む殺さないで』

『やめろおおおおおおおおおおおおお』

『うわああああ』

『嘘だよな? ヤラセだよな?』

『あかん……』

『オワタ』

『ヨルちゃん!! 立ってくれ、お願いだ!! 逃げるんだ!!』

『あーあ、これもう駄目だな』


――――


「何だこの文字は。でも気持ちいいじゃねぇか。悲鳴ばかりだ」


 コメントを見たレッサーデーモンは嗜虐的な笑みを浮かべた。


「ヨォし、決めた。こいつらの前でお前の刀をへし折ってやる。それからお前もじっくり殺してやるよ、ヒャハハハハ!!」


「……笑うな」


「やっぱ最高だなぁ!! 人間の絶望ってのはよぉおおおお! お前のこのクソみてぇな刀を壊したらお前はどんな顔をするんだぁ!?」


「笑うな……!」


 ヨルの瞳から涙がついに零れる。だが、レッサーデーモンはそれを長い舌でナメクジが這うように舐め取った。


「いいぜぇ、じゃあ徹底的に壊してやるか。見てろよ」


 馬乗りになり、見せつけるように刀を両手で持つ。


「うあ、……ああああああ」


 そして泣きじゃくるヨルを嘲笑って悪魔はボキリ、とへし折った。


「ハハハハハハ!! どうだ、どうだ……え、あら?」


 しかし目の前に掴んでいたはずの刀が落ちてくる。


「へ? なんで?」


 訳が分からず、自分の腕を見ると半ばからねじ切れるように切断されていた。


「ぐ、ぎゃあああああああああ!?」


 知覚した瞬間、襲い来る痛みと流血に悶え、ヨルから離れて転げ回る。


「――全く、お前らはいつ見ても不愉快だ」


 その時、全く聞き覚えのない声が響き渡った。


「な、誰だ!? で、出てきやがれ!!」


 辺りを見渡し、吠えるレッサーデーモン。

 応えるように暗がりから一人の小さな人影が出てきた。


 ネコミミフードを目深に被った少女。その奥から赤色と青色の瞳が冷酷に睨みつけてくる。


「何だお前は――!?」


「どうも、通りすがりのデーモンスレイヤーでーす」


 奪った悪魔の両手をお手玉のように弄びながら少女――灰藤ハクアは満面の笑みを浮かべた。


 


 

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