第21話 異変



「え!? もうFランクダンジョンを三つも!?」


 レヴナント撃破後、職員にクリアの報告を済ませる。


「な、何と言う早さ……翠帝様の一週間を超えてしまう人が本当に現れるとは、思いませんでした……」


 職員から返されたディバイスを確認する。ステータス欄にはEランクの文字がしっかりと残されていた。フィオナもFランクダンジョン踏破の記録を処理してもらう。


 複数のパーティーを組んでクリアした場合は、全員が踏破したと見なされる。ただしそれは同ランクに限った話で、例えば自分がFランクで相方のDランクのディーヴァーに守ってもらいながら踏破する、というやり方は認められていない。


 そもそも自分のランクより高いダンジョンに入る事は、パーティー内に高ランクのディーヴァーがいたとしても違反行為だ。


「おめでとうございます。本日よりハクア様はEランクディーヴァーとなり、Eランクダンジョンへの挑戦権が与えられました。職員一同、ハクア様の更なるご活躍を祈念いたします」


 職員総出で見送られ、俺たちはダンジョンを後にする。


「私も早くEランクに上がらなければ!」


「明日、残り二つを一気に巡れば良いさ」


 俺も一日に複数のダンジョンを巡り、ランクを上げていくのもありだなって思う。調査を兼ねられるし、視聴者も盛り上がるだろう。

 ちなみにアポカリプスティでは特に手掛かりは得られなかった。ただ、魔王の気配が残っているというフィオナの発言は覚えておく。

 

「それにしてもディーヴァーとは、冒険者より楽に儲かるんですねぇ」


 ゾンビやレヴナントの魔縮石を全て売り払った金額は、一万弱。フィオナが全滅させたので相当の収支を得られた。


「アースシアだと、多分数百円程度か……」


 低ランクの冒険者は日雇い労働者みたいな扱いだ。少ない日当にヒィヒィ言いながら身体を担保に、魔物と死闘を繰り広げている。


「……路銀を稼ぐために、随分無茶したよな」


 王国から支給された軍資金も無限ではない。世界の最果てに挑む時、大陸最後の人里で急遽、冒険者ギルドに登録して荒稼ぎしたんだっけ。


「懐かしいですね。そんな昔の話でもないのに」


「そうだな」


 苦しくも楽しかった数年間の旅。当時はもう二度と、こんな糞みたいな冒険は御免だと毒づいたが、気づけば地球に戻っても同じような事をしている。

 きっと俺はそういう星の下に生まれついたんだろう。


 *


 自宅に戻り、夕食の準備へ。その傍らフィオナはウィンと遊んでいた。今日は奮発して分厚い牛肉のステーキ丼でも出そうかな?


 ダグザの大釜をテーブルに設置、念じるとすぐにこんがり焼けたステーキが登場、それを続けて呼び出した熱々の白米の上にパウンドさせる。


「お肉、お肉!」


 百科事典のような厚さの肉を見て激しく飛び跳ねるウィン。今日はあまり美味しくない(ウィン談)のアンデッド系を食したので、口直しを希望していたから猶更だ。


「うう、駄目ですわ! 最近、お腹周りが……」


「え? いらないの?」


「はい……いえ! 食べます! 据え膳食わぬは聖女の恥!」


「お前もどこで覚えたそんな言葉?」


 本来の意味を知ってて……いや、知らない方が良い。もし知ったら絶対、面倒な事に――。


「ん? 昨日家でハクア様を待っていた時暇だったので、部屋を少し掃除してたらベッドの下から見つけた本に――」


「うわああああああああ!」


 道理で物の位置が変わっていると思った!! 気のせいじゃなかった!


「ハクア様……ああいった女性が好みなのですね。良ければ今夜、お供しますよ?」


「今この瞬間だけは、女になってて本当に良かったって思えたよ!!」


「あら? 私、女性でも好みであらば遠慮しませんが」


「は?」


 何で!? まさかの両刀使い!


「あのなぁ、一応仮にも聖女なんだから少しは言動に気を付けてくれ」


 だからお父様は心配しまくって前髪が後退しちゃったんだぞ。


「恋にそんなものは関係ありません! さあ既成事実を作りましょう!」


「駄目だこの聖女早く何とかしないと」


 俺も髪の毛の生え際が後退しそうだと、本気で心配し始めた時だった。


『番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします。ただいま、迷宮事業府よりBランクダンジョン、渋谷3号の隔離閉鎖措置が宣告されました。当該ダンジョンに挑戦中のディーヴァーの皆さんは、速やかに避難してください!』


 剣呑な雰囲気がテレビから伝わってくる。助かる。この変な空気感を消してくれそうだ。

 俺は素早くリモコンを取り、音量を上げた。


「あ! 話はまだ終わってませんのに……」


『迷宮事業府の発表によりますと、現在、Aランクディーヴァー七名、S

Sランクディーヴァー一名が遭難したとの事です。遭難者の情報は――』


 BランクダンジョンでAランクとSランクのディーヴァーが遭難?

 どういう事だ?

 テレビだけでは詳細が分からないので、SNSも開いてみる。デイッターのトレンドを見ると、『遭難』『Sランクディーヴァー』『未知の魔物』『ヨルちゃん』と言ったワードが並んでいた。


 未知の魔物……?

 その中でも特に不穏なワードをタップすると、一番上の検索結果に動画を張り付けた投稿があった。再生ボタンを押す。


『何者だ?』


 いきなり、女の子の声が聞こえてくる。配信ドローンが撮影しているらしい。刀を持ったピンク髪のディーヴァーが映っていた。


『俺はただの先兵、レッサーデーモンだ』


 その問いに答える青黒い皮膚を持った存在。俺はコイツの事をよーく知っていた。


「何ですって?」


 フィオナもその言葉に反応し、覗き込んできた。


「うわ。この汚らわしい蛆虫、地球にもいますの?」


 そして心底嫌そうに顔を歪めながら、吐き捨てる。

 無理もない。俺たちの宿敵だった。人間を上回る知性と身体能力、そして魔力。あらゆる面で隙が無い、手強い魔王軍の先兵だった。


 しかもこれで下級レッサーと名乗る。上級悪魔のグレーターデーモンやアークデーモンを相手にした時はもう……思い出したくもない。今でこそ瞬殺できるが、昔はマジで何度も地獄を見せられた。


「でも流石にSランクディーヴァーなら……」


 動画に映っているこの子こそが、最高峰のディーヴァーである証のSランクのようだ。レッサーデーモンは強敵だが、問題ないと考えていたけど。

 しかし――。


「……惨いですね」


 あまりにも一方的な展開。レッサーデーモンの動き、魔法、打撃。その全てに翻弄されていた。女の子の動きも悪くない。しかし悪魔の方が常に一枚上手を取っていた。

 いかにSランクでも初見でレッサーデーモンとやり合うには、厳しいのかもしれない。実際、アースシアでのこいつの区分は災害級。倒す事より、いかに被害を軽減させるかを考えなくてはならないモノだった。


「まさか、コイツが未知の魔物とはね」

 

 多種多様な魔物が棲むダンジョンでも、このような悪魔系が出てきた記録はないらしい。


 何故、そんな奴が今になって出てきたのか……。実は今まで隠れ潜んで生きてきたのか、あるいは――フィオナのように世界を越えてきたか。

 そんな上等なスキルや魔法を使えた記憶はないんだけどな。手引きした可能性もある。


「……行きます?」


「聞くまでもないだろ」


 口を割らせれば何かを吐く可能性もあるし、何よりもこんな危険な奴を放置するわけにはいかない。勇者として、討伐する。


「分かりました。では、私も行きましょう。悪魔祓いこそ、聖女わたしの本分ですからねェ」


 フィオナも獰猛さすら感じる笑みを浮かべるのだった。


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