第23話 圧倒的な差


「……フィオナ。怪我人を頼む」


「はい。代わりと言っては何ですが……」


「ん?」


「思う存分、盛大にぶち殺してくださいまし。死んでる方が楽に口を割らせられるので」


「……ああ」


 俺は惨状を見て、拳を握り締める。魔王軍に焼かれた村々……積み重なる死体……嫌な記憶がフラッシュバックする。

 分かってる……こいつは殺そう。


――――


『だ、誰だ……?』

『援軍?』

『ディーヴァーだろうけど……見た事がないな』

『ヨルちゃんがやられた……エスタシオンまで……』

『下位ランクのディーヴァー寄越してどうすんだよ。犠牲が増えるだけだ』

『早く翠帝呼んでくれ! ダブルフェイスでも良い!』


――――


 撮影ドローンがしっかり俺の姿を映しているが、強めの欺瞞魔法をかけたから正体は割れないだろう。それでも察しの良い奴は勘付くかもしれないけど、どうせその事すら忘れてしまう。


「クソ、俺の腕を……! テメェ、いきなりしゃしゃり出てきやがって、何モンだぁ? ああ!?」


 ズルっと、切断面から新しい腕が生えてくる。異常な再生力も悪魔族の標準装備だ。


「デーモンスレイヤーと言ったはずだが?」


「ふざけやがって……人間如きが、図に乗ってんじゃねぇよ!!」


 いきり立ったレッサーデーモンが殴りかかってくる。

 ……避けるまでもないな。


「フン」


 俺は拳に合わせ、頭突きをぶつけた。

 鈍い音と共に奴の拳は弾けるように潰れる。


「が、ぐああああああ!?」


「どうした? に後れを取ってるぞ」


「――ッ、ほざきやがれ!! 落ち、叩きつけろ!! 重禍の檻!! 超重驟雨層グラヴィティバースト!!」


 重力属性の魔法。これがレッサーデーモンの魔法攻撃の最大打点だ。上から凄まじい超重力の塊が落ちてくるが……


「お、マッサージで持て成してくれるのか? 丁度良かった。少し身体が凝っていてな」


 降りしきる重圧の中、俺はコキコキと腕を回す。強くなったせいで生半可なマッサージ器具では物足りなかったんだ。今の俺ならレッサーデーモン位の魔力で使ってくる超重驟雨層グラヴィティバーストが程よい。


「バ、バカなぁ!?」


――――


『え』

『!?!?』

『はぁぁぁああああ⁉』

『マジで何だこの子⁉』

『Sランクディーヴァーを倒した魔法をマッサージ呼ばわり……』

『なんかスゲェのが出てきたんだけど』

『やっぱこれ何かの宣伝?』

『んなわけねーだろwww』


――――


「まあ、冗談はこの辺にして、と」


 俺は重力下の中、歩き出す。凄まじいGが掛かってるせいで一歩一歩、歩くたびに足が地面にめり込んでいく。


「な、何なんだ貴様は! 何で動けるんだ!?」


「努力の賜物です」


「ふ、ざけやがってッ、うおおおおお!!」


 突然、レッサーデーモンの肉体が膨張する。全身の筋肉が盛り上がり、皮膚を押し上げるほどだ。


「ストレングス! ストレングス!! ストレングス!!」


 肉体強化魔法を連続で唱え、重ね掛ける。更に膨れ上がる肉体。長身痩躯の見た目から、巨躯の大男へと変化した。


「どうだァ!! 魔法がダメなら、直接ぐちゃぐちゃにしてやるよぉ!! ヒャハハハッハア!!」


 まるで鎧のように分厚く膨れた身体は、人間とは似ても似つかないほどに醜く、歪に歪む。よくもまぁ、ここまで無茶をやるもんだ。いくら悪魔でもこの代償はデカいぞ。

 まあ、でもその前に死ぬから関係ないか。


「さあ、どこから潰して欲しい!? 頭か? 手か? 逃げられぬよう足を潰すのも良いなぁ!! 肺を潰して呼吸を出来なく――」


「そういうの良いから、早く打ってこい」


 俺はトントンと指先で自分の身体を叩く。


「――――!!」


 青黒い顔が一瞬で真っ赤に染まり、レッサーデーモンは剛腕を放ってくる。風圧だけで人を殺せる一撃が顔面に入った。


 ベキャン、と嫌な音が鳴り響く。


「ヒ、ヒャハハハハハハハハ!! ザマァ見やがれ、クソガキ!! 人間が俺様にデカい口利いた末路だなぁ!! ハハハハハハハ――ハァ?」


 奴は瞠目する。無理もない、


「ぐあああああ⁉ な、何だこれはッ!? 何で俺の方が!」


「お前の馬鹿力なんて、こんなもんだよ」


 俺はそっと手を伸ばす。


「うおおおおおおお!!」


 顔を恐怖に引きつらせ、レッサーデーモンはもう一度殴りかかろうとするが、二度目を食らってやるほど暇じゃない。

 軽く躱し、奴の胸元をデコピンで弾いた。


 ――ドォン!! と洞窟を揺るがす衝撃と共に、レッサーデーモンの上半身が消し飛ぶ。

 それでも尚、減衰しない衝撃波が背後の壁面にまで及び、巨大な穴を深々と穿っていった。


――――


『は』

『うぇ?』

『えぇええええええええええええええええええええ』

『ファーーーーーwwwwwww』

『YABEEEEEEEEEEE』

『一wwww撃wwwww』

『すげぇえええええええ、すげええええええええ!!』

『なんだよおい!? 今何をしたんだ!?』

『あのバケモンが……一方的に』

『ありがとう、ありがとう!! ヨルちゃんを守ってくれて!!』

『誰だあの子⁉ 詳細、詳細はよ!!』

『このシーン切り抜けよ!! 伝説だぞ伝説!!』

『ちょwwwwwマジなのこれwwww』

『ヤラセ??????』

『うはwwww拙者もこれには驚きを隠せませぬwwww』

『デーモンスレイヤー!! デーモンスレイヤー!!』

『デーモンスレイヤー! これがこの子の配信名か!』

『WTH!?  That's awesome!!』

『ヤバい、マジで感極まった。奇跡だこれは』

『これは最強過ぎるwwwwリアルワンパンガールwww』 


――――


「あ」


 ……やり過ぎた。

 恐る恐る振り返ると、治療を終えたフィオナが不満げにこちらを見ている。


「あの、私も盛大にとは言いましたけど……せめて頭は残して貰わないと、調べるのが大変です」


「……ゴメン」


「まあ、でもそっちの方が良いですね。不愉快な蛆虫の面を拝むくらいなら、少々の苦労の方がマシでしょう」


 辛うじて残った両足の部分を、厚手のグローブを嵌めた手で持つ。心底嫌そうな顔をしているので片足は俺が持つ事にした。


「待っ、待って……」


 その時、セーラー服の少女が起き上がって声をかけてきた。

 百瀬ヨルさん……だっけ。


「……何か用ですか?」


「あの、あなたたちは……」


「通りすがりのデーモンスレイヤー。ただ、それだけです。では」


 欺瞞の魔法があるとはいえ、長居は無用だ。

 俺は素早く転移魔法を作動させる。


「―――!」


 まだ何か言っていたが、聞き取ろうとする前に周囲の光景はダンジョンから見慣れた室内に戻っていた。


「……ふぅ。どう思う?」


 俺は自室の椅子に座る。手にしたレッサーデーモンの足を見ながら、フィオナに尋ねた。

 久々に悪魔と交戦したが……相手はコイツだけじゃないだろうなぁ。

 上位種であるグレーターデーモン、アークデーモンも絶対いる。今までもそうだったし。


「悪魔を従えられるのは、魔王だけです」


「でも魔王は死んだ。肉体もここにある」


「はい。これは、大魔王の存在を裏付ける証拠になるでしょうね」


「……だな」


 やはり、まだ俺に安息はないらしい。

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