第18話 無茶をしないで



 流石にそろそろウィンが潰されたそうだったので、フィオナから解放する。体熱でほんのりと身体が温かくなっていた。


「人間……コワイ!」


 解放された途端、俺の影に隠れてしまう。


「ああ、もっと触りたかった……」


「とりあえず、怖がってるからその辺にしといてやってくれ」


「はい……」


 がっくりと項垂れながらも頷くフィオナ。そんなに気に入ったのか……一応ウィンは魔物だから、聖女からすれば宿敵になる存在だけど。

 まあ、仲良くしてくれるなら申し分ない。ウィンの好感度は最底辺だが。


「じゃ、夕飯にしようか」


 全能の木から手に入れた木の実をウィンに与え、機嫌を直してもらいつつダグザの大釜を用意する。

 いつものルーチンでテレビの電源を入れた。


「ふわ⁉ え、絵が動いて喋ってる!? まさか、これが〝てれび〟と言うモノですか!?」


 それを見てフィオナは飛び上がる。アースシアでも説明してたけど、実際に目にするとやはり異質なものになるのだろう。


「ああ。これがテレビだ」


「本当にチキュウは見知らぬモノばかりですね……! この部屋だけでも、アースシアで見た事あるものは殆どありません!」


 キラキラした瞳で部屋を眺める。

 転移した直後の自分を見ているようで、ちょっとだけ懐かしくなった。


『では次のニュースです。今日、都内のダンジョンで新たにEXダンジョンが発見されました。発見者はデビューしたての新人ディーヴァーであり、既に二つのダンジョンを踏破済みと活躍が更なる期待されています』


「あ、これハクア様ですよね! てれびってホント凄い魔導具です……発明した人は稀代の天才でしょう」


 ニュースでは配信中の俺が映っていた。丁度、リッチを倒して入り口を見つけた辺りか。


『EXダンジョンには【ダグザの台所】と名付けられ、食材系のダンジョンと判明していますが依然として入り方は不明のままです。【荒地の骨山】には今も多数のディーヴァーたちが押しかけ、現場は騒然としております。現場の増田さん、聞こえますか?』


 ダンジョンの入り口を取り巻くように続く大行列。警察による周辺の交通規制も行われているようで、かなりの騒ぎになっているようだ。


 と言うか、まだ誰も入れてないんだ……。

 俺も良く分かってないけど、視聴者が言うにはリッチに魅せプして勝つのが条件らしい。あるいは熱凶マガツと言う現象を引き起こして勝利、とされている。


『増田です。えー、先程。先程におきまして、挑戦者のディーヴァーが緊急搬送されていった模様です。骨山の主であるベリアルリッチは凶暴化した場合、Bランク下位に相当するという情報も入ってきております。ディーヴァーの皆さん、挑戦する際は細心の注意を払ってください! 命を最優先に行動してください!』


 そもそも熱凶マガツは本来起こさない、起きないようにしなければならない現象であり、狙って呼び出すのは自殺行為とまで言われている。

 この分では病院送りになるディーヴァーはまだ増えそうだ。こんな事なら、俺も配信でむやみに刺激しないように注意しておいた方が良かったな……。


「ウィンちゃん、あ~ん」


 そう考える俺を尻目に、フィオナはダグザの大釜で出したミートドリアをスプーンで掬い、ウィンに近づけるが……


「………」


 「うう、そんなに露骨に避けなくても……」


 ものの見事に嫌われていた。


「ハクア様ぁ、嫌われてしまいましたぁ……」


 オヨヨ、とやたら芝居がかった調子で俺に枝垂れかかってくる。


「俺はウィンの代わりじゃないんだが……」


 カルボナーラをフォークに絡めて口に運ぼうとして、フィオナのデカいアレに視界を遮られる。マジで前が見えねぇ。よくこんな感じのスキンシップを男だった時も耐えられたもんだ。


 まあ、本当に手を出したらお父様にぶち殺されるからな……。


「小さくてひんやり冷たいので代わりになりますよぉ、ぎゅぅ~」


 なんかやけに絡み方が鬱陶しいな、と思ったらぷーんと漂ってくるアルコール集。

 おいおい、まさか……。


「フィオナ……聖杯で酒、出したか?」


「はいぃ。葡萄酒を少々~……」


「お前、悪酔いするんだから飲むなって……」


「良いじゃないですかぁ。再会の記念です」


 そう言って、全身で抱き着いてくる。ああ、酔ってるせいでいつも以上に過激になってるぞ!


「再会って、ほんの数日前に別れたばかりだろ?」


「数日でも一秒でも会えなければ、私のとっては別れなんですよぅ……」


 良く分からない理論を述べて、最早抱擁と言うよりは甘えてくる子供のように頬ずりしてきた。

 これだから酔っ払いの相手は大変なんだ!


「本当はハクア様と一緒に来たかったんですから……」


「フィ、フィオナ!?」


 俺を巻き込むように横に倒れるフィオナ。ほら見ろ、寝落ちした。酔うと速攻で夢の世界に行けるのはある意味、才能だな。


「……全く」


 俺は起き上がり、フィオナの手を払って立ち上がる。押し入れから薄手のタオルを取り出し、そっとかけた。


「ハクア様……」


「ん?」


 寝言か、夢見心地の独り言か。

 フィオナは小さく呟く。


「お願いですから、あの時みたいにもう無茶はしないで……私、あなたの傍で頑張りますから……」


「………」


 あの時……恐らく、魔王と刺し違えた時の事だろう。

 ああしなければ、勝てなかったから最善策として選んだに過ぎない。


 だから俺の選択は正しいと思っている。もしまた同じ状況になっても、同じやり方を選ぶだろう。みんなを守るためなんだから。


 でも……それで、フィオナを泣かせてしまったのも事実だ。他の仲間たちにも怒られた。あんな滅茶苦茶な捨て身は二度とやるな、と。


「……お前が死んだ後の事を考えろ……か」


 親父とお袋が死んで、俺は喪失感で何日も動けなかった。言葉では言い表せないくらいの絶望を感じた。本当に何をしてても満たされない穴が開いたようだった。

 ふとした拍子に、二人が生きていた頃を思い出して……もう何処にもいないという現実に引き戻される。


 そんな苦しみを、フィオナや仲間たちに背負わせるのなら……俺は間違えている。

 ――死んでも良い。勝てるなら、勝つためなら命を捨てやる。


 我ながら、青臭いセリフだと苦笑した。こんな事を言われた側の気持ちを考えたら、言えないはずなのに。


「……分かったよ。もう無茶はしない。約束するよ」


 起きてるのか寝てるのかも分からない彼女へ、そう伝える。

 すると少しだけ寝顔が微笑んだ気がした。

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