第19話 聖女、配信者になる
次の日。意識が覚醒すると何やら後ろに柔らかいものを感じる……。
「……俺は抱き枕か」
両腕でフィオナに抱き締められていた。つまり、背中に当たっている物は……考えるまでもない。
魔王の身体になってから、確かに依然として羞恥心はあるけど男の時に感じていたような昂りは無くなっていた。あったところで、どうにもならんが。
「しかし、これでは起きれないぞ」
想像以上にガッツリ抱かれている。
てか、なんで俺のベッドに? 床で寝落ちしたのに。まさか一度目を覚まして、寝ぼけて潜り込んできたのか?
「しょうがない……」
まあ、のんびりと過ごす朝も悪くないだろう。今日は平日だから何とも言えない背徳感に襲われるが。
「う、ん……」
暫くするとフィオナに動きがあった。
俺の身体から手が離れていく。
「おはよう」
「お、おはよう……ございます……」
朝はメチャクチャ低血圧だ。聖女らしからぬ低音ボイスで上半身を起こす。寝ぐせが付きまくった金髪がモサァ……と広がっていく。
「う、なんかお酒臭い……」
「昨日、酒飲んで風呂にも入らず寝落ちしたからだろ。
「はい……」
しゅん、と光の輪っかが頭頂部からつま先まで駆け抜けていく。衣服や身体の汚れを全て落としてくれる魔法だ。風呂に入れない長旅でも清潔さを保ってくれる。
俺も寝床から起き上がり、朝食の用意をしつつテレビをつけた。
「おはよう、ウィン」
「おはよう! ハクア様!」
ペット用の寝床で寝ていたウィンも目を覚ましたようだ。跳ねながら出てくる。
テレビに目をやるとまだ骨山周辺は長蛇の列で、ダグザの台所に入れた人はゼロ。現時点ではダンジョンキーをゲットした俺だけが唯一の入れる存在だ。
新発見の魔物や素材は昨日、全て職員に伝えたが状況次第ではまた何かしらの依頼が来るかもしれない。俺としてもダグザの台所は隅々まで調べたいので、悪くない話だが。
「とりあえず今日もダンジョンに行くけど、フィオナも来るのか?」
「はい……ハクア様のお手伝いをするためにチキュウに来たのです……」
「……とりあえず顔洗ってきなよ。すっきりするから」
「そうします……」
そうすると午前はフィオナのディーヴァーの資格を取るのに使って、配信は午後からにするか。
……視聴者には何て言おうかなぁ。無難に友人とかにしておくか。
一先ず、昨日の夜作っておいたSNS用のアカウントで予定を呟いた。フォロワーは一晩で2万人……。恐ろしい。
「ハクア様!! なんか水がドバドバ出るんですけど!? 噂のスイドウって言う技術なんですか!?」
洗面所からそんな素っ頓狂な声が聞こえてきた。
……物凄い水の流れる音も。
「節水!」
俺は慌てて洗面所へ向かったのだった。
*
役所でフィオナのディバイスを手に入れ、その足で三つ目のFランクダンジョンへ向かう。ネットによると今までの二つとは少し雰囲気が異なる場所だった。
「……ここがチキュウのダンジョンですか」
洞窟、荒地と続き、次の舞台となるのは曇天の下に続く廃墟群。崩れかけのビルや朽ち果てた一軒家等が無秩序に乱立している。ファンタジーな風情ばかりかと思っていたが、こういったモダンなダンジョンもあるようだ。
「何か分かるか?」
「んー……どことなく魔王の気配は感じます。あ、ハクア様ではなく、私たちの宿敵だった時の魔王ですよ?」
魔王の気配があるという事は、此処を作ったのは大魔王じゃないのか? もっと精査する必要がありそうだな。
「配信を始めるけど、間違ってもハクアと呼ぶなよ」
「大丈夫ですよ! 配信中はハク様で、私はフィーナですね!」
「様付けも要らないから」
まあ、フィオナは実名でも異世界人だから割れようがないけど、住まいは俺の家だ。特定されるような可能性は潰しておきたい。
今日から外に出てダンジョンに入るまでは、俺もフィオナも軽い欺瞞の魔法をかけている。この見た目はとにかく目立つ。昨夜も訳の分からん連中に後を付けられたばかりだし。
「ふぅ――皆さんこんにちは。ハクです。今日も配信をやろうと思います」
配信スタート。
早速、視聴者数のカウンターが目まぐるしく動き始める。
――――
『こん』
『こんにちは』
『待ってた』
『¥5000 収益化記念』
『¥10,000 これで三日連続、英気を養ってね』
『今日踏破したら歴代最速でEランク昇格やな』
『これは期待しかない』
『こんにちは。今日も可愛いですよウィンちゃん』
『また魅せプしてくれるの、密かに期待してる』
『¥3000 そう言えば収益化通ったよね、お祝いに一つ!』
―――
そして同時に次々と投じられる【投げコメ】。収益化申請が通ると、コメントからこうしてギフトを送れるようになる仕組みだ。ついに収益化が叶った訳だけど……まさかいきなりこんな連続で来るとは予想してない。
……まだ始めたばかりだぞ? なのにどんどん投げコメが来ている。
「皆さん、投げコメありがとうございます! とてもありがたいですが、無理のない範囲でお願いします」
何もしてないのにお金が入ってくるのは、非常に落ち着かない。早く攻略を開始したいが、フィオナを紹介しないとな。
「それで、今日は攻略の前に少し紹介したい人がいます」
俺はフィオナに目配せした。
「皆さん、こんにちは~」
満面の笑みで出てくるフィオナ。慣れない土地で大勢の人を前にしても全く物怖じしてない辺り、流石は聖女だ。
――――
『こんにちは!』
『うお……べっぴんさんや』
『!?』
『金髪碧眼美少女……だと!?』
『格好から見るに聖職者系か』
『姉妹かな? あまり似てないけど』
『お姉様と呼ばせてください!』
『美しい……』
――――
「はい、私はフィーナと言います。ハク様の許嫁……友人です! ハク様に誘われて
今日からディーヴァーになりました! よろしくお願いします!」
……今、何て言おうとした?
スキャンダルは止めてくれ。あと様付けもするなと言ったのに……
――――
『よろしく!』
『まさかの友人。ハクちゃんの交友関係の一端を見れた!』
『フィーナお姉様、素敵なお名前です……』
『早速ファン生まれてて草』
『ハクちゃんを様付けって、凄い気になるんだがwww』
『そういうプレイ……なのか?』
『もしや、あら~^って事!?』
『キマシ?』
『ハクちゃん攻めなのか……見かけによらず』
――――
ほら、コメントがおかしな空気纏い出した!
早く否定してくれ!
「ウフフ、それはヒミツです」
「フィーナさん?」
艶っぽい動きで人差し指を口に当てる。
――――
『うおおおおおお!』
『ええやん』
『早くも神回確定したか』
『もっと詳しくお願いします!!』
『妄想が捗るな……』
『二人の関係を是非』
――――
「あー! はいはい、ストップストップ! 何もないです、ありませんから!!」
俺は割り込んで強引にでも話を打ち切る。そしてカメラには映らない角度で張本人を睨む。
フィオナ……?
「ごめんなさい、冗談です。私たちはただの友人です。様付けしてるのは、私の趣味ですから」
すかさずにこやかに微笑み、少し茶化した感じでフォローを入れるフィオナ。この話術と言うか、会話の仕方は相変わらずだ。他国のトップとも会談するのだから、これくらいの強かさは必要なんだろう。
ただ、今回だけは俺の反応を見て楽しんでるようにしか見えんけどな。
――――
『なんだ、冗談か。ビビったわ』
『ええー、残念』
『ああああキマシタワーが崩れる……』
『俺は諦めてないぞ』
『そんな冗談を言い合えるくらいめっちゃ仲いいのが伝わってきた』
『ワンチャン、ここから発展する可能性も』
『凄い趣味w』
『ワイの事も様付けで呼んで欲しい』
『中々、濃い友人をお持ちのようでw』
『今日の配信も一波乱ありそうな気がする』
――――
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