第17話 1999年
「それで……大魔王で分かった事って?」
「はい。まずはこれを」
フィオナは一冊の古びた本を取り出す。これが前言っていた魔王城で見つけた預言書か。確かに見た事ない文字だ。異世界言語のスキルでも読めない。
「まだ全文の解読は出来ませんが、気がかりな一文を見つけました」
ボロボロになった頁をめくり、その一節を指差した。
「ここ……1999年、七の月って読めるんです。これはアースシアの暦ではありません……前にハクア様が教えてくれた、チキュウの暦ですよね?」
「………」
俺は息を呑む。
何故? どうして?
1999年。20世紀最後の年。何でそれがアースシアの魔王城の書庫に眠っていた預言書に?
アースシアと地球は縁も所縁もない。
過去に一度だけ、俺と同じように召喚された奴がいた。その時は魔王ではなく、邪悪な竜を討伐するためで、伝説はアースシアで語り継がれている。
関連があるとすれば、それだけだ。
「確かにそうだけど、おかしいだろ。魔王は地球の事も知っていたのか?」
「分かりません。私も、正直、何故このような一文が……何か、心当たりはありますか? 1999年に何があったのか、それだけでも」
「何がって……」
俺が生まれたのは2003年だ。1999年の事なんて何も分からない。
なのでスマホで1999年について検索する。フィオナは物珍しそうにスマホを見ていた。
ネット百科事典で調べた限りでは、三度の地震と竜巻による天災で多数の死傷者が出たとある。恐らく無関係と思われる。どれも自然現象だ。
「……ノストラダムス?」
そんな中、気になるサジェストが表示される。
ノストラダムスの大予言。1999年の七月に世界が滅ぶと言うぶっ飛んだ預言だ。
当時の時代の背景や問題も相俟って、日本ではある種のブームになっていたらしい。
実際は、とある日本人作家がノストラダムスの予言をあれこれ盛っただけと言うオチだが。後の検証でもその書籍の信憑性は全くなかったとされている。
現に今は西暦2024年。世界は滅ばずにこうしてみんな生きているわけで。
でも予言の一文自体は、本当にノストラダムスの百詩篇に書かれていたようだ。
――1999年7か月、空から恐怖の大王が来るだろう、
――アンゴルモアの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために。
「……似ている」
前にフィオナが教えてくれた魔王の預言書の内容とも。
確か、【魔の大王、空より来りて蒼き大地に恐怖を振り撒く。その支配から逃れる術はなし】。
「蒼き大地ってまさか……」
地球の事――、なのか?
「何か、分かったのですか?」
俺の表情を見たフィオナが訪ねて来る。スマホで調べた内容を教えると、彼女は口元を手で覆う。
「先程、私、念話が傍受されると言いましたよね?」
「ああ」
「この前、ハクア様と念話した時も誰かに聞かれそうになっていたのです。逆にその場所を探知して兵を送り込み、一人の男を捕らえたのですが……意味の分からない事を叫ぶ中、『ノストゥラ』と言う部分だけは辛うじて聞き取れたんです……」
「……そいつは何者だ?」
「ただの山賊でした。完全に正気を失っていて、魔法による尋問も効果がありません」
アースシアの人間が何でその名前を……。
明らかにおかしい。 酷い胸騒ぎを感じた。
「私は今の話を聞いて、大魔王の存在を確実視してます。看過して良い事態ではないでしょう」
「……そうだな」
大魔王と呼ばれる何かが、アースシアと地球のどちらかに潜んでいる。もしそうなら魔王以上の脅威に成り得るだろう。
「旅の仲間を招集できるか?」
なら再びかつての仲間を集結させなければならない。流石に二つの世界を守るのは、俺とフィオナだけでは手に余る。あいつらの助力が必須だ。
「それが……連絡が取れなくて……」
「……だろうなぁ」
あいつらは確かに強い。天下無双だ。
しかし、同時に破天荒で型破りの自由人もあった。
大方、魔王討伐の報奨金でアースシア中をほっつき歩いているんだろうな。
大魔王の手先に襲われる前に、せめて危機が迫っている事を教えたいのだが。
「一応、お父様が派兵して居場所を探させているので、そう遠からず見つかるはずです」
「そうだと良いけどな」
人が行けないような場所にいられたらお手上げだぞ。俺がアースシアに戻って探そうと思ったが、もし大魔王が地球側にいたらと思うと安易に動けない。
現代人は戦を知らない。特に日本は顕著だ。アースシアも大事だけど、毎回見に来てくれる視聴者や、親父とお袋がいる日本を見捨てる事も出来ない。
「アースシアの事は皆さんに任せましょう。私たちはチキュウで大魔王の痕跡を探すのがベストです」
「痕跡か……」
そうなると怪しいのはダンジョンだ。突如、この世界に現れた異世界の産物。ダンジョンを作ったのは誰なのか? それは今も分かっていない。
もし、大魔王が作り出したのなら何らかのヒントがあるはずだ。
「明日の配信は調査も兼ねた方が良いかな」
「あの、その〝ハイシン〟ってのは何でしょうか?」
フィオナは俺と同じく異世界言語スキルを持っている。日本語も難なく理解し、喋れるがアースシアに存在しない単語は分からないようだ。当たり前だが。
「簡単に言うとダンジョンに入り、そこで自分が見たもの聞いたものを外にいる人に伝達する娯楽……って奴?」
「水晶玉で遠方の景色を見るようなものですか?」
「あ~、そんな感じ……かな? 水晶玉の千里眼より凄いけど」
「面白そうですね、興味が湧いてきましたよ」
フィオナの眼が知識欲に染まっていく。
「……そう言うと思った」
散々、地球の話をねだられたからなぁ……。好奇心の極みと言うか、何と言うか。俺もアースシアの事を聞きまくったからお互い様な訳だが。
「長い説明になるぞ?」
「構わないです! ぜひ!」
では、と俺が話し出そうとした時だった。身体の中がムズムズし始める。
あっ!
「ごめんよ、ウィン!」
ずっと内部にしまったままのウィンを呼び出す。
「酷いよ、ハクア様! 僕の事を忘れたのかと思ったよ!」
「悪い悪い……」
抗議するようにピョンピョン勢いよく跳ねるウィン。
「夕飯の前に全能の木から持ってきた奴、食べるか?」
「む……いいよ、それで手打ちにするね」
「どこでそんな言葉、覚えたんだ……」
「か……か……」
「え?」
何やら変な声がするので、見るとフィオナが尻餅をついたような姿勢でウィンを指差す。
「ああ、コイツはウィン。魔物だけど仲間にしたから大丈夫だ。モンスターテイマーみたいなモンで――」
「可愛いですわぁ~!!」
「!?!?」
ウィンを抱き締め、頬ずりをする聖女様。
「ちょ、この人何!? ハクア様、助けて!!」
「ああ~ん、プニプニのひんやりボディ! チキュウのスライムはこんなに愛らしいなんて! アースシアのアメーバとは大違いです!」
……フィオナって実はもっと物静かだったんだよな。
色々あって、らしさを取り戻していったんだけど……抑圧されていたものが一気に弾けたらどうなるか。
この通りだ。
「ハ、ハクア様ァ~!!」
「なでなで、ぎゅ~」
だけど、そんな生き生きとしているフィオナの姿を見るのは嫌いじゃない。
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