第16話 思わぬ来訪者


 ダンジョンキーで外に出ると、言われていた通りの人混み。しかも俺を見つけると、まるで芸能人でも見つけたかのように集まってくる。それを職員さんたちが規制して、別室にまで案内してくれた。


「すみません、助かりました」


 人に囲まれるのは慣れているが、もみくちゃにされるので好きじゃない。ましてや今は女の身体だ。下らない事をしてくる輩もいるだろう。


「いえ、これも私たちの仕事ですから」


 職員の男性は笑顔でそう告げる。


「さて、今回のハクア様の活躍は私どもも聞き及んでおります。まずは、Fランクダンジョンの踏破、おめでとうございます。記録致しますので、ディバイスを見せて頂きますか?」


「はい」


 これで二つ目。あと一つで上のEランクへ昇格できる。

 次に向かうFランクダンジョンの目星も付けてある。関東圏は満遍なく多彩なランクのダンジョンが点在するので、遠出しないで済むのが有難い。


「では……EXダンジョンについてのご説明となります」


 冊子を手渡される。ダンジョンキー所有者の手引き、と書かれていた。


「ご存じかと思いますが、EXダンジョンは特異な性質を持つため、ダンジョンキー所有者様には独自の規約がございます」


 俺は冊子の頁をめくる。


「まずダンジョンキーの譲渡、売買等は絶対に行わないでください。もし手放す場合は迷宮事業府で破棄申請を提出する必要があります」


 迷宮事業府、略して迷府。ダンジョン関連の事柄を一手に受け持つ最新の省庁になる。殆どの職員がダンジョンに潜った経験者で、中には現役のディーヴァーも。


「分かりました。現時点では、このまま所有してようと思います」


 せっかく手に入れたものだしな。ウィンの育成にも役立てる。


「承知いたしました。そのように記載いたします。では、もう一つ重要な事がありまして、第一発見者であるハクア様にはEXダンジョンの命名権がございます」


「命名権?」


 未知の天体や生物を発見したら名付け親になれるのと同じか。


「はい。流石にあまりにも問題のある名前は、許可が下りない可能性がありますが……」


「そうですね……」


 ……名前か。食べ物に関連するダンジョンだし、何か……。

 あ、そう言えば俺の持つアイテムにも似たようなのがあったし、それから取るか。


「あの、【ダグザの台所】はどうでしょうか?」


 無限に食料を生み出せるダグザの大釜。あのダンジョンも飲食物を生成するならこれほどピッタリな名前はないだろう。

 

「はい、問題ございません。【ダグザの台所】で宜しいでしょうか?」


「お願いします」


「ではそのように承ります」


 その後、ドロップ品の換金を済ませて俺は家路に着く事にする。今回の稼ぎは余裕で前回を上回ったのは言うまでもない……。


 *


 しかし外は人だかり、今も増え続けているようで対応のために応援の職員や警察まで出動するほどになっている。

 アーカイブも投稿直後なのに既に再生回数は軽く一万を超え、二万に迫ろうかと言う勢い。チャンネル登録者も一万人を突破していた。


 伸びるのは有難いが、今度は些細な発言一つで多大な影響を与える事になる。失言しようものなら一瞬で大炎上するだろう。

 ダンジョンが出る前の世界でも、有名な動画配信者がそれで失墜してきている。今後は一層気を付けて配信しないとな。


「こちらからどうぞ」


 正面口から出られないので裏口から外に出される。あまりにも予想外のバズリ方をしたため、職員の人が送迎する措置を取ってくれた。


「何から何までありがとうございます」


「お気になさらずに。事が起きてからでは、遅いですから」


 運転手は女性職員。更に護衛として、現役Dランクディーヴァーの男性職員が助手席に座っている。


 まあ変な奴に絡まれても、相手の方を心配した方が良い。もちろん殺すつもりなんてないが、無事に済ますつもりもないからな。人に手を出すんだ、その代償は支払わせてやる。


「……噂をすれば、か」


 先程から不審についてくる黒のミニバン。運転手は男。マスクで顔を隠している。後ろには同乗者が三人。全員男だな。


「つけられてますね。何度か角を曲がって撒きましょう」


「えっ?」


 驚いた女性職員はルームミラーで後ろを伺う。


「あの黒のミニバンですか?」


「そうです。ダンジョンを出てからついてきてますね。しつこいようなら通報します」


「わ、分かりました!」


 出来るだけ車通りの多い道を選び、曲がっていく。左折右折を幾度か繰り返すと、やがて見えなくなった。気配もなくなったので引き離せたのだろう。


「見えなくなりました。家の近くで下ろしてください」


「大丈夫ですか?」


「ええ」


 自宅傍の道で車から出る。今後は外に出る時も備えは必要か。一時代を築き上げた動画配信が廃れ、ダンジョン配信になってもこういう連中は変わらずに湧いてくる。むしろスキルや魔法で犯罪を犯す分、性質が悪くなっている。


 当然警察も対応するが、銃刀よりも簡単に手に入れられる魔法とスキルは凶悪犯罪を増長させる。

 結局、どんなに便利なものもバカのせいで犯罪の片棒を担がされるんだ。


「ふぅ……」


 で、自宅が見えてきたわけなんだけど。

 何で部屋の電気がついているんだろうな……。家出る時、間違いなく消した。光熱費を気にかけてるのに、消し忘れなんて凡ミスはしない。


「……この感じは」


 少なくとも不審者ではない。

 しかし何故、彼女がここにいるのか。


「………」


 こんな所で突っ立っていても仕方ないので家に向かう。玄関を開け、すぐに施錠。


 廊下を進み、明かりのついているリビングへ。正直入りたくないのだが、そうしないと向こうから来そうな勢いなので、足を踏み入れた瞬間――


「――お帰りなさい、ハクア様!」


 そこにいたのは――聖女フィオナ。

 共に苦楽を味わい、旅した仲間の一人。


 その姿はアースシアで別れた時のままだ。真っ白な法衣を身に纏い、頭にはシスターのウィンプルに似た被り物。

 何度見ても金髪碧眼の絶世の美少女だ。そんな彼女が笑顔で俺を抱き締めてくる。


「わっぷ! フ、フィオナ、おま、なんでこっちに来てるんだよ……!」


 身長差のせいで顔が胸元に埋もれる。ダブついた法衣で分かりにくいが、フィオナの体型は抜群だ。二つのデカい物が押し付けられる。柔らかい。


「えぇ、来ちゃダメなんですか? だって私たち、永遠の愛を誓い合いましたのに! 念話だけじゃやっぱり物足りないんですよ!」


「だからっていきなる来るなんて思わないんだよ! 念話の時は神妙に話してたのに! それに誤解を生む発言は止めろ!」


「お父様や司祭様が近くにいるんですから、こんなテンションで話せないですよ! 最近は教会を抜け出すのも大変なんです!」


「そのまま大人しくしててくれ……」


 そう。

 彼女は何故か俺に惹かれている。だが、いくら世界を救った英雄でも最大派閥の宗教の聖女様とは釣り合えない。その事は何度も伝えたし、説得した。しかしこの聖女様にはそんな障害は、むしろ己を奮い立たせる要因にしかなっていないようだ。


 父親もその頑固さにサジを投げてしまい、俺が日本に戻ろうとした時も一緒に行くとゴネまくった。何とか諦めさせたと思ったんだが……。


「私、大魔王に関して重要な情報を掴んだんですよ。念話だと傍受されるかもしれません。絶対に対面でハクア様に伝えたかったんです」


「……! 本当か?」


 こんな残念な性格だが、実力は本物だ。もう大魔王の情報を掴むなんて。やはりフィオナは自慢の――


「でも、今は再会のハグです!! ああ、こんなに小さくなったハクア様も愛おしいですわ! それにその恰好……たまらないです! ネコちゃんですよね! ゴロゴロ~」


「………」


 俺の顎の下をネコよろしく触り始める聖女様。

 前言撤回だ。




――あとがき――

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