第12話 魔法合戦



 ベリアルリッチの周囲に漂う鬼火が一斉に飛んでくる。


「詠唱破棄、焼弾ファイアボール!」


 俺も両手から生み出した炎のボールを投げつけた。赤い炎と青白い鬼火が空中で入り乱れ、ぶつかり合う。しかし威力の差は歴然。リッチ側の鬼火は全て打ち負けてかき消され、無数の火球に襲われる。


 対し、俺の方に飛んでくる鬼火は打ち漏らした分だけ。それもウィンのスラッグショットで迎撃されていく。


「カハッ! カアアア!!」


 しかし流石は魔法耐性に優れているというだけあり、余興のファイアボール程度では多少のダメージを負うだけで耐えてくる。

 身体に纏わりつく炎を忌々しげに払い除け、杖を振り上げる。


「カァァァァ!」


 山羊の頭蓋骨の意匠が怪しく輝き、同時に俺は水気を足元に感じる。


「今度は水属性か――詠唱破棄、雹走ヘイルダッシュ!」


 俺はウィンを肩に乗せ、両足に氷属性の魔法を発動。水が激しく渦巻きながら湧き出してくるが、その水を凍らせてスケートのように走り抜ける。


――――


『すげぇええええええ!!www』

『なんだその回避の仕方!!』

『ベリアルリッチ相手に魔法で魅せプとかwwwヤバすぎwww』

『マジで魔法でやり合ってて草ァ!』

『え、コイツ魔法でダメージ与えられるの!?』

『*彼女は特別です。絶対に真似しないでください』

『お前のようなテイマー定期』

『氷属性とかテイマー覚えないから!』

『魔法職必見だろこの戦術www』

『なお、真似できるかは』

『てか、ナチュラルに詠唱破棄してるけど新人が使えるスキルじゃねぇ!』

『賢者なら比較的早く覚えられるけど、テイマーだろこの子⁉」

『一部の海外勢まで取り上げ始めてて草。配信二日目で伝説になるのかこれw』

『【ハクちゃん】がデイッタートレンド18位に入ってるwww』

『同接800人!』


――――


「っ! ッッ!!」


 水の上を走る俺を見て、ベリアルリッチは歯軋りするように顎が左右に動く。再び杖がおどろおどろしい光を放ち――、全身にひりつく痺れを感じた。


「雷属性ですね。感電させようとするんでしょうけど」


 ステータスと耐性スキルで防ぐだけじゃ地味だろう。

 なら――。


避矢の風ウィンドボム!」


 流水のど真ん中へ、爆風を発生させて風穴を開ける。まるでモーゼの海割りのように、俺とベリアルリッチの間に断絶が生まれた。


「――!!」


 ほんの僅か遅れて、杖の先端から迸る紫電を撒き散らした。電撃は水を這うように流れていくが、風圧で大きく裂けられているため俺の方には及ばない。


「ガァァァァ!!」


 無傷の俺を見て、今度は明確に感情を露にするベリアルリッチ。それは怒り一色だ。


――――


『うお、熱凶マガツするのか!?』

『wikiにも載ってねぇぞ』

『え、条件なんだよ。無条件ならとっくに発見されてるだろうし』

『魔法で魅せプされるとキレる、とか……?』

『もしそうなら死体のくせに沸点低くて草』

『だけど、熱凶マガツならハクちゃんヤバくねぇか!?』

『全能力十倍、攻撃激化だっけ……』

『ベリアルリッチが十倍とかBランク下位に届く強さだぞ……』

『誰だよ、コイツをFランクボスにしたやつ!!』

『完全に罠ダンジョンです。人気があったら大事故が起きてたかもな』

『今まさにハクちゃんが犠牲になりそうなんですがそれは……』


――――


 熱凶マガツ……まだ知らない要素が多くあるようだ。片手間にディバイスで簡単に調べると、一部の強力な魔物が備える一定の条件下で発動するスキルらしい。

 条件はまばらだが、一度発動すると相手が死ぬか自分が死ぬまで全能力十倍、攻撃の激化等が起こる。


 なんだ、そんな感じの奴ならアースシアで一杯見てきたわ。


「ガァアアアアアア!!」


 杖がより一層、強烈な光を放つ。俺を包み込むように魔法陣が描かれる。


「これは……爆裂光エクスプロージョンですね」


 キィィィン、と鋭く劈く音が鳴り響き、魔法陣の内側で強い光が生じた。炎属性の魔法の中では上位になる大技だ。既に莫大なまでの魔力が溢れ、奴が呼び出した水流が熱によって物凄い勢いで蒸発していく。

 動かない俺を見て、勝利を確信したのか勝ち鬨を上げるように咆哮するベリアルリッチ。


「詠唱破棄、水刃ダウスブレード


 じゃ、こっちもそろそろ勝負を決めに行くか。

 魔法陣内で限界まで膨張する光。想像を絶する大爆発が今、全てを飲み込んでいくが――


 俺の右手に展開した水の刃で一刀両断される。


「⁉ ―――⁉」


 真っ二つに割れる紅蓮の爆撃。押し返された爆風が、ベリアルリッチの襤褸切れを激しく靡かせた。

 別に当てるつもりはなかったんだが、斬撃の余波が少しだけ奴の頬を掠めていく。


 それに慌てたのか、次の魔法を使おうとするけど――もう遅い。切り裂かれた爆炎を振り払い――肉薄。


「その右手の指輪だっけ? 飛び道具を反射するの」


 ベリアルリッチの手首を切り落とす。返す刃で更にもう片方の手首も。これで奴は杖を使えなくなる。


「ウィン、最後はお前に任せる」


「良いの? 僕、何もしてないけど」


「ああ。遠慮なく決めてやれ」


 俺が倒してもレベルアップは見込めないからな。ウィンに譲った方が無駄にしないで済む。


「分かった!」


 元気よく答え、身を撓めていく。ベリアルリッチは悪あがきのように青白い鬼火を出すが、全て水の刃で切り落とす。


「いっくよぉ!」


 そして、その頭部を弾き出されたウィンのスラッグショットが粉砕した。


 *


「――倒しました。応援コメントありがとうございました」


 砂の城のように、無数の粉になって崩壊していくベリアルリッチを背景に、俺はカメラ目線で軽くお辞儀する。


――――


『YABEEEEE!! マジでYABEEEEE!!』

『最後はウィンちゃんで〆るのねwww』

『すげーもん見させてもらったわ!! お礼を言うのはこっちだよ』

『マジでヤバすぎる。魔法でここまで圧倒するとか初だぞ』

『鳥肌たった。神としか』

『エクスプロージョン切り裂くって何なんだよもうwwww』

『とんでもない偉業なのに、サラッとしてるのがw』

『もっと誇ってええんやで』

『ちょっと真面目にハクちゃんのステータスが気になるんだが』

『新人とは思えん……でも新人なんだよな……』

『88888888888888888』

『投げコメしたい。収益化はよ』

『熱凶したベリアルリッチと魔法で殴り合って勝つって、どういうことなの……』

『テイマーって何なんだろう』

『同接1000人超えた! 二日目でこの勢いは翠帝のオッサン以来の快挙!!』

『ハクちゃんおめ!! これからも全力で推すわ』

『今回の配信でダンジョン関連のまとめサイトやwiki、大忙しになるなww』

『このダンジョンのランク付けの見直しもあり得るんじゃね?』 

『それな。リッチの熱凶とかハクちゃんじゃなかったら負けてるし、死人出るわ』

『政府仕事しろ』

『この場合政府じゃなくて、迷府の仕事』

『何はともあれ、マジで乙。最高に興奮した』


――――


 コメントも大盛況だ。やはり魔法で戦ったのが受けたみたいで、視聴者の数もその辺りから伸び始めていたみたい。

 狙いが上手く言ってよかった。まだまだ自分は配信者としては素人だし、次の配信はこれよりも面白くなれるように頑張ろう。


 「……うん?」


 ベリアルリッチのドロップ品を拾い集めていると、ウィンがキョロキョロと周囲を見渡している。


「どうした?」


「なんか……良いの匂いがする!」


「良い匂い?」


 周囲の匂いを嗅ごうとしたが、その必要はなかった。確かに何かの料理の芳醇な香りが漂っている。

 ……こんなダンジョンの奥地で? 辺りに人影も魔物もいない。ベリアルリッチも完全に沈黙している。


「あれ、何でしょうか」


 俺は異変に気付く。視線の先、数メートル前方の空間が陽炎のように揺れていた。


――――


『え、まじ?』

『これって……』

『【朗報】 まだまだ配信は続く模様』

『延長クルー!?』

『キターーーーーーー!』


――――


 落ち着きつつあったコメントが、また活気を取り戻す。何のことか分からず、ディバイスで調べようとした時、一つのコメントが目についた。


――――


『まさかのここでエクストラダンジョン!!』


――――

 


 

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